・・・ 十 露店の目は、言合わせたように、きょときょとと夢に辿る、この桃の下路を行くような行列に集まった。 婦もちょいと振向いて、(大道商人は、いずれも、電車を背後蓬莱を額に飾った、その石のような姿を見たが、衝と向・・・ 泉鏡花 「露肆」
・・・鶏は、きょときょとした目つきで、くびを伸ばしてあたりを見まわしました。「ほんとうに、だいじょうぶでしょうか?」「だいじょうぶですとも。私は、かごの中へ入っていてもほえられます。もし、だれか私たちのいるところへやってきたなら、私は、ほ・・・ 小川未明 「汽車の中のくまと鶏」
・・・ 五代は丹造のきょときょとした、眼付きの野卑な顔を見て、途端に使わぬ肚をきめたが、八回無駄足を踏ませた挙句、五時間待たせた手前もあって、二言三言口を利いてやる気になり、「――お前の志望はいったい何だ?」 と、きくと丹造はすかさず・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・嘉七は、駅のまえにだまって立って煙草をふかしていた。きょときょと嘉七を捜し求めて、ふいと嘉七の姿を認めるや、ほとんどころげるように駈け寄って来て、「成功よ。大成功。」とはしゃいでいた。「十五円も貸しやがった。ばかねえ。」 この女は死・・・ 太宰治 「姥捨」
・・・ そんな、いいものを見て、私は食事を中止し、きょときょと部屋を見廻した。家の者が、うつむいて、ごはんをたべている。私は、「最後の審判」の写真版を畳んで、つぎの部屋へ引き上げ、机に向った。おそろしく自信が無いのである。何も書きたくなくなっ・・・ 太宰治 「俗天使」
・・・それでどうやら二階の狂乱もしずまり、二階に電気がつき、やがて、下にも電気がつきまして、店の戸が内からあいて、寝巻姿の婆と女房は、きょときょと顔を出し、おまわりは苦笑しながら、どろぼうではない、と言って私を前面に押し出しましたら、婆はけげんな・・・ 太宰治 「男女同権」
出典:青空文庫