・・・ かず枝は、口を小さくあけて眠っていた。きょとんと眼をひらいて、「あ、もう、そんな時間になったの?」「いや、おひるすこしすぎただけだが、私はもう、かなわん。」 なにも考えたくなかった。はやく死にたかった。 それから、はや・・・ 太宰治 「姥捨」
・・・句の果の質問らしく、誠実あふれ、いかにもして解き聞かせてもらいたげの態度なれば、先輩も面くらい、そこのところがわかればねえ、などと呟き、ひどく弱って、頭をかかえ、いよいよ腐って沈思黙考、地平は知らず、きょとんと部屋の窓の外、風に吹かれて頬か・・・ 太宰治 「喝采」
・・・眼もおそれを知らぬようにきょとんと澄んでいた。「おおやさんだよ。ご挨拶をおし。うちの女です。」 僕はおやおやと思った。先刻の青扇の恥らいをふくんだ微笑みの意味がとけたのであった。「どんなお仕事でしょう。」 その少女がまた隣り・・・ 太宰治 「彼は昔の彼ならず」
・・・象徴と譬喩と、どうちがうか、それにさえきょとんとしている人がたまにはあるのだから、言うのに、ほんとに骨が折れる。 この認識論は、多くの詩人を、よろこばせるにちがいない。だいいち、めんどうくさくなくていい。理性や知性の純粋性など、とうに見・・・ 太宰治 「多頭蛇哲学」
・・・と臆するところ無くはっきりと発音して、きょとんとしている文化女史がその辺にもいたようであった。ましてや「恋愛至上主義」など、まあなんという破天荒、なんというグロテスク。「恋愛は神聖なり」なんて飛んでも無い事を言い出して居直ろうとして、まあ、・・・ 太宰治 「チャンス」
・・・さちよは、きょとんとした顔つきで青年を見上げ、煙草のけむりをふっと吐いた。「御自重なさいね。僕は、責任をもって、あなたを引き受けたのです。須々木さんのためにも、しっかりしていて下さい。僕は、乙やんを信じているのだ。どんなことがあったって・・・ 太宰治 「火の鳥」
・・・ 次郎兵衛は、これはまたこれで結構なことにちがいないのだろう、となま悟りしてきょとんとした一日一日を送っていた。父親の逸平もまた、これで一段落、と呟いてはぽんと煙管を吐月峯にはたいていた。けれども逸平の澄んだ頭脳でもってしてさえ思い及ば・・・ 太宰治 「ロマネスク」
・・・ しばらくだまっていた倅が、とつぜんそんなこといいだすと、母親は手をやめて、きょとんとした。「――いえさ、おれのような職人だったんだが、マルクスと一緒にドイツ革命に参加したり、哲学書をかいたり、非常にえらい人だったそうだ」 母親・・・ 徳永直 「白い道」
出典:青空文庫