・・・智と想像とが均衡を保つ時において始めて善く書けるものである。二者何れかが勝った時は駄目だ。棄ててしまって再び書き直さねばならぬ。」 これは、トルストイが、水浴場へ行く道々子のイリアに話したという創作上の気分に就ての言葉である。 けれ・・・ 宮本百合子 「透き徹る秋」
・・・或る意味では、さきに触れたような人間発展の明確、強烈な意欲として恋愛を自覚するほど、猶更周囲にふさわしい対手、質の均衡した生活感情の持ち主の乏しいことを痛感するかもしれないのである。では恋愛の低さに馴れ合ってしまったらどうであろうか。もし彼・・・ 宮本百合子 「成長意慾としての恋愛」
・・・谷川徹三氏はその「文化均衡論」で、現代は民衆の文化水準と知識人の文化水準とが、社会機構の欠陥から余り隔絶しすぎてしまっている、知識人は民衆が現実としてもっている文化水準へ歩みよる努力をしなければならない、そこに新たな文化の生育の可能とヒュー・・・ 宮本百合子 「全体主義への吟味」
・・・本当の芸術愛好家なら、仏教の信仰をそのものとして奉持しなくても、美から来る霊的欽仰を仏像とその作者とに対して抱かずにはおられない。彼等は感歎し、讚美する。端厳微妙な顔面の表情や、腕、脚の霊活な線について。よき芸術にふれた歓喜を、彼等は各々多・・・ 宮本百合子 「宝に食われる」
・・・ 中国の文化はまだ甚しく不均衡で、民衆の文盲率は高く、文章によって生計を保ちがたい状態かもしれない。出版ということは、利潤追求の手段となっていない程度であるかもしれない。しかし、文化のその状態は「春桃」に集められた作家たちの心に、食う食・・・ 宮本百合子 「春桃」
・・・従って、実力以上の負担を負うのは気の毒ながら何とかして町との均衡を保つために一つ私の考える事、持論があります。 ちっと話が大きくなりますが」――彼は大鉢の縁で煙草の灰を叩き落した。「つまり此の大神宮を昇格させようとする事なのです。そ・・・ 宮本百合子 「日記・書簡」
・・・いて行って、それらの芸術の逸品に籠っている高い気品、精魂、芳香に面をうたれて、今更に古典の美を痛感すると一緒に分別をも失って、それぞれの芸術のつくられた環境の意味と今日の私たちの現実との関係を見失った欽仰讚美の美文をつらねる流行をも生じた。・・・ 宮本百合子 「芭蕉について」
――船が嵐にあって沈まないためには積荷が均衡をもって整理されていることが必要である。―― わたしたちのまわりに、また戦争に対する恐怖が渦まきはじめた。一部には、その恐怖が病的にさえ高まってゆきつつある。それだ・・・ 宮本百合子 「平和への荷役」
・・・ 尾世川は売店に行き、いつもの朝日ではなく、今日は金口のアルマを買った。彼は藍子のかけている待合室のベンチの腕木にちょっと斜かいに腰かけ、片肱にステッキをかけ、派手な箱から一本その金口をぬき、さも旅立ちの前らしい面持ちで四辺を眺めながら・・・ 宮本百合子 「帆」
・・・ 人それぞれに、自分の恋愛生活、結婚生活に対する何かの不安、疑問、確信の欠如があるから、何かその間に均衡を見つけ出せるような理窟、考え方、或は単なる処しかたでもないかという欲求が、恋愛論の炉へ旺に薪をさし加えるのであろう。一方には、知性・・・ 宮本百合子 「もう少しの親切を」
出典:青空文庫