・・・民主主義ということは、わたしたち一人一人の常識と正義感と人間らしい矜持に立つ毅然とした態度であることを自覚しなければならない。人民の汗と血が八十一億の金となって官僚をやしない二六四億の終戦処理費となっている。こういうことについて、はっきり目・・・ 宮本百合子 「目をあいて見る」
・・・日本のなごやかな錦の配色など――金地に朱、黄、萌黄、茶、緑などあしらった――は、斯那自然の色調から生れたものと思う。蜜柑、橙々の枝もたわわに実ったのを見たら、岡本かの子の歌を連想した。南画的樹木多し。私達の部屋の障子をあけると大椎樹の下に、・・・ 宮本百合子 「湯ヶ島の数日」
・・・からはじまる王家三代の物語の最後は、アメリカで教育を受けつつ民族的矜持を失うことのなかった中国の青年劉が、中国にかえって自国の現実に幻滅を感じつつ、ついにその中から立ち上って、中国の民衆のうちに潜んでいる力への信頼をもって生きはじめるところ・・・ 宮本百合子 「若い婦人のための書棚」
・・・千差万別の事情ではありながら、大略今日の物質と精神の窮乏の状態、それに屈し切れない人間性の身もだえに於ては百万人の若い女が近似している。それを積極的なものに発展させ、転化させようとする努力こそ必要である。〔一九三七年八月〕・・・ 宮本百合子 「私たちの社会生物学」
・・・当山は勅願の寺院で、三門には勅額をかけ、七重の塔には宸翰金字の経文が蔵めてある。ここで狼藉を働かれると、国守は検校の責めを問われるのじゃ。また総本山東大寺に訴えたら、都からどのような御沙汰があろうも知れぬ。そこをよう思うてみて、早う引き取ら・・・ 森鴎外 「山椒大夫」
・・・薄暗い箱から、背革に記してある金字が光を放っている。私は首を屈めて金字を読もうとした。「Meyer の小ですよ」と、F君が云った。「そうか。ひどく立派な本になったね。それに僕の持っているのは二冊物だが。」「それは古いのです。これ・・・ 森鴎外 「二人の友」
・・・私は自分の問題と彼の問題とがきわめて近似していることを感じた。ついには彼の内に自分の問題のみを見た。 その問題は概括すれば「いかに生くべきか」に関している。自分の性質と要求との間の焦燥。自己を真実に活かすための種々の葛藤。自己の価値と運・・・ 和辻哲郎 「「ゼエレン・キェルケゴオル」序」
出典:青空文庫