・・・この間金談を見て貰いに行って以来、今じゃあの婆さんとも大分懇意になっているから。」「何分頼む。」――こう云う調子で、啣え楊枝のまま与兵衛を出ると、麦藁帽子に梅雨晴の西日をよけて、夏外套の肩を並べながら、ぶらりとその神下しの婆の所へ出かけたと・・・ 芥川竜之介 「妖婆」
・・・かねて禁断であるものを、色に盲いて血気な徒が、分別を取はずし、夜中、御堂へ、村の娘を連込んだものがあった。隔ての帳も、簾もないのに―― ――それが、何と、明い月夜よ。明神様もけなりがッつろと、二十三夜の月待の夜話に、森へ下弦の月がかかる・・・ 泉鏡花 「神鷺之巻」
・・・て、段々にちょっと区劃のある、すぐに手を立てたように石坂がまた急になる、平面な処で、銀杏の葉はまだ浅し、樅、榎の梢は遠し、楯に取るべき蔭もなしに、崕の溝端に真俯向けになって、生れてはじめて、許されない禁断の果を、相馬の名に負う、轡をガリリと・・・ 泉鏡花 「売色鴨南蛮」
・・・冬吉がその客筋へからまり天か命か家を俊雄に預けて熱海へ出向いたる留守を幸いの優曇華、機乗ずべしとそっと小露へエジソン氏の労を煩わせば姉さんにしかられまするは初手の口青皇令を司どれば厭でも開く鉢の梅殺生禁断の制礼がかえって漁者の惑いを募らせ曳・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・という危険な書物の一部を、禁断の木の実のごとく人知れず味わったこともあった。一方ではゲーテの「ライネケ・フックス」や、それから、そのころようやく紹介されはじめたグリムやアンデルセンのおとぎ話や、「アラビアン・ナイト」や「ロビンソン・クルーソ・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
・・・自分が七赤だか八白だかまるっきり知らなければ文句はないが、自分は二黒だと知っていれば、旅行や、金談はいけない、などとあると、構わない、やっつけはするが、どこか心の隅のほうにそいつが、しつっこくくっついている。「あそこの家の屋根からは、毎・・・ 葉山嘉樹 「死屍を食う男」
・・・そして、この二人の人間は禁断のこのみを食べたため、神の怒りによって楽園から追払われました。 それから人間は、何処かに楽園があるわけだと考えるようになりました。そこでは、人間はみんな平等であり、花は爛漫と咲きほこり、人情はあたたかくて生活・・・ 宮本百合子 「幸福について」
・・・の持った時代感覚とその時代の生活の感覚化との一致境から生れ出たもので、それ故に悟性と感性との綜合された一つの認識形式であってみれば、風流は所詮意志をも含み感性的直感をも含む意志でもなく直感でもない分析禁断の独立的なる綜合的認識形式としての一・・・ 横光利一 「新感覚論」
出典:青空文庫