・・・が、金歯を嵌めていたり、巻煙草をすぱすぱやる所は、一向道人らしくもない、下品な風采を具えていた。お蓮はこの老人の前に、彼女には去年行方知れずになった親戚のものが一人ある、その行方を占って頂きたいと云った。 すると老人は座敷の隅から、早速・・・ 芥川竜之介 「奇怪な再会」
・・・唯僕の父だけは、――僕は僕の父の骨が白じらと細かに砕けた中に金歯の交っていたのを覚えている。……… 僕は墓参りを好んではいない。若し忘れていられるとすれば、僕の両親や姉のことも忘れていたいと思っている。が、特にその日だけは肉体的に弱って・・・ 芥川竜之介 「点鬼簿」
・・・――塩で釣出せぬ馬蛤のかわりに、太い洋杖でかッぽじった、杖は夏帽の奴の持ものでしゅが、下手人は旅籠屋の番頭め、這奴、女ばらへ、お歯向きに、金歯を見せて不埒を働く。」「ほ、ほ、そか、そか。――かわいや忰、忰が怨は番頭じゃ。」「違うでし・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・ちゃら金が、碁盤の前で、何だか古い帳面を繰っておりましたっけ。金歯で呼込んで、家内が留守で蕎麦を取る処だ、といって、一つ食わしてくれました。もり蕎麦は、滝の荒行ほど、どっしりと身にこたえましたが、そのかわり、ご新姐――お雪さんに、(おい、ご・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・が多くて、お笑いになると、まるでおじいさんのように見えましたが、けれどもあなたは、ちっとも気になさらず、私が、歯医者へおいでになるようにおすすめしても、いいよ、歯がみんな無くなりゃあ総入歯にするんだ、金歯を光らせて女の子に好かれたって仕様が・・・ 太宰治 「きりぎりす」
・・・幼い娘だった時分、金歯にしてしてとねだって一本何でもないのに金で包んで貰ったのがそのままになっているのだそうだ。「その歯、おかしくて可愛いいわ」「いやだ――何だか小っぽけな癖に生意気らしいんですもの」 その晩泊り、三人一つ蚊帳に・・・ 宮本百合子 「九月の或る日」
・・・困ったねエと金歯を出していう。そして、その辺を歩いて、出て行く。丁度、じりじりと悪くなるのを番していて、とことんになるのを待っていると云うようである。 午後一時頃やっと決心したらしく主任が来た。「じゃもうすぐ入院するようにしるから」・・・ 宮本百合子 「刻々」
・・・笑った彼女の口元からちらりと金歯の光ったのや、硝子ケースの中にパイプや葉巻の箱を輝やかせている日光が、いかにも春めいた感じを藍子に与えた。「おいでですか?」「ええ、今日はいらっしゃいますよ、さあどうぞ」 店の横にある二畳から真直・・・ 宮本百合子 「帆」
出典:青空文庫