・・・彼女は実に義侠心に充ち満ちておった女であります。彼女は何というたかというに、彼女の女生徒にこういうた。 他の人の行くことを嫌うところへ行け。 他の人の嫌がることをなせ これがマウント・ホリヨーク・セミナリーの立った土台石・・・ 内村鑑三 「後世への最大遺物」
・・・最高の徳は義侠である。カントは「汝はなさねばならぬ、それ故なし得る」といったが、これは顛倒されねばならぬ。「汝は能う、故になさねばならぬ」である。彼の義務は過剰であるというイデー、カントの命題の顛倒の思想はニイチェに影響した。ツァラツストラ・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・ひとえにあなたの義侠心におすがりします。たのみます。ひとえにあなたの義侠心に、……」という具合にあくまでもねばり、僕の財布の中にあるお金を全部、その主人に呈出した。「よろしい!」とその頭の禿げた主人は、とうとう義侠心を発揮してくれた。「・・・ 太宰治 「未帰還の友に」
・・・献身とか謙譲とか義侠とかの美徳なるものが、自分のためという慾念を、まるできんたまかなにかのようにひたがくしにかくさせてしまったので、いま出鱈目に、「自分のため」と言われても、ああ慧眼と恐れいったりすることがないともかぎらぬような事態にたちい・・・ 太宰治 「もの思う葦」
・・・次には忠、孝、義侠心、友情、おもな徳義的情操はその分化した変形と共に皆標準になります。この徳義的情操を標準にしたものを総称して善の理想と呼ぶ事ができます。この事はもっと委細に御話したいが時間がないから略して次に移ります。精神作用の第三は・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・いやしくも一遍の義侠心があるならば、うんあなたの移る処ならどこでも移ります、と答えるはずなのだ。そうは答えなかったらしい。ここにそう答えられない訳がある。なるほどこの妹はごく内気なおとなしいしかも非常に堅固な宗教家で、我輩はこの女と家を共に・・・ 夏目漱石 「倫敦消息」
・・・ハッハッハッハ、君は、義侠心が豊富だとでも云うのかなハハハハ」「――私は頼まれると断れない気質です――弱い――気が小さいです」 ――外事課高等掛を友人に持つというのは、然し、何と鬱陶しいことか! ジェルテルスキーは、故国にいる間絶え・・・ 宮本百合子 「街」
・・・ 先頃新聞に、飢饉地方から出て来た娘さんの一人が、或る義侠心にとんだ若い大工さんの嫁に貰われ、幸福な新世帯をもったという記事が出た。丈夫そうに白い歯並をニコニコと見せ、股引に小肥りの膝をつつんで坐っている若い大工さんと一つ火鉢にさし向い・・・ 宮本百合子 「村からの娘」
出典:青空文庫