・・・当惑した野獣のようで、同時に何所か奸譎い大きな眼が太い眉の下でぎろぎろと光っていた。それが仁右衛門だった。彼れは与十の妻を見ると一寸ほほえましい気分になって、「おっかあ、火種べあったらちょっぴり分けてくれずに」といった。与十の妻は犬・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・ と大爺は大王のごとく、真正面の框に上胡坐になって、ぎろぎろと膚をみまわす。 とその中を、すらりと抜けて、褄も包ましいが、ちらちらと小刻に、土手へ出て、巨石の其方の隅に、松の根に立った娘がある。……手にも掬ばず、茶碗にも後れて、浸し・・・ 泉鏡花 「瓜の涙」
・・・ と青い帽子をずぼらに被って、目をぎろぎろと光らせながら、憎体な口振で、歯磨を売る。 二三軒隣では、人品骨柄、天晴、黒縮緬の羽織でも着せたいのが、悲愴なる声を揚げて、殆ど歎願に及ぶ。「どうぞ、お試し下さい、ねえ、是非一回御試験が・・・ 泉鏡花 「露肆」
・・・ お君が一座の人々をぎろぎろ見くらべているところで、お袋はお貞と吉弥とから事情を聴き、また僕の妻にも紹介された。妻もまたお袋にその思ったことや、将来の吉弥に対する注文やを述べたり、聴き糺したりした。期せずして真面目な、堅苦しい会合となっ・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・裸にされた犬は白い歯を食いしばって目がぎろぎろとして居た。毛皮は尾からぐるぐると巻いて荒繩で括られた。そうして番小屋の日南に置かれた。太十は起きた。毛皮は耳がつんと立って丁度小さな犬が蹲って居るように見える。太十はそれが酷く不憫に見えた。彼・・・ 長塚節 「太十と其犬」
・・・(第一おら、下座だちゅうはずぁあんまい、ふん、お椀のふぢぁ欠げでる、油煙はばやばや、さがなの眼玉は白くてぎろぎろ、誰っても盃よごさないえい糞とうとう小吉がぷっと座を立ちました。 平右衛門が、「待て、待て、小吉。もう一杯やれ、待てった・・・ 宮沢賢治 「とっこべとら子」
・・・一番右はたしかラクシャン第一子まっ黒な髪をふり乱し大きな眼をぎろぎろ空に向けしきりに口をぱくぱくして何かどなっている様だがその声は少しも聞えなかった。右から二番目はたしかにラクシャンの第二子だ。長いあ・・・ 宮沢賢治 「楢ノ木大学士の野宿」
出典:青空文庫