・・・が、あの高い煉瓦塀の中でのいっさいの自由を奪われたような苦役生活の八年間――どれほどの重い罪を犯したものか、自分なんかにはほとんど想像もつかないことではあるが、何しろ彼はまだ当年十九歳の、いわばまだ少年と言っていい年齢だったのだ。それがそれ・・・ 葛西善蔵 「死児を産む」
・・・自分はなにかそれについても言いたいような気がしたがうなずいたままで外へ出た。苦役を果した後のような気持であった。 町にはまだ雪がちらついていた。古本屋を歩く。買いたいものがあっても金に不自由していた自分は妙に吝嗇になっていて買い切れなか・・・ 梶井基次郎 「泥濘」
・・・ 私たちが、人として、故なく奴隷的労働や、その意に添わざる苦役をしないでよいことはこの草案にも云われている。かりに、この草案が決定したとき、政府はこれらの条項に対して、すべてが反対というに近い現実に対し、本当に、どうしようと思っているの・・・ 宮本百合子 「現実の必要」
・・・ 遂にそのことからハフはフランスまで高飛びしたのを捕えられ、六ヵ月苦役を宣告されることになりました。 長男であるハフにこれ等のことが起っている間、娘のドラは、又悦ばしくない状態にありました。彼女は、母のロザリーに何の親らしい愛も感じ・・・ 宮本百合子 「「母の膝の上に」(紹介並短評)」
・・・追放や苦役に決った囚人がそこに入れられて輸送されているのであった。舳先に歩哨の銃剣が燭火のように光っている。艀舟の中は静寂で月の光が豊かに濯いでいる。ゴーリキイは、昼間の疲れと景色の美しさに恍惚としつつ思うのであった。「善良な人間になりたい・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
出典:青空文庫