・・・われらが寝所には、久遠本地の諸法、無作法身の諸仏等、悉く影顕し給うぞよ。されば、道命が住所は霊鷲宝土じゃ。その方づれ如き、小乗臭糞の持戒者が、妄に足を容るべきの仏国でない。」 こう云って阿闍梨は容をあらためると、水晶の念珠を振って、苦々・・・ 芥川竜之介 「道祖問答」
・・・私も亦、地平線のかなた、久遠の女性を見つめている。きょうの日まで、私は、その女性について、ほんの断片的にしか語らず私ひとりの胸にひめていた。けれども私の誇るべき一先輩が、早く書かなけれあ、君、子供が雪兎を綿でくるんで机の引き出しにしまって置・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・動かざる、久遠の真理を、いますぐ、この手で掴みたかった。「つまりは、もっと勉強しなくちゃいかんということさ。」「お互いに。」徹宵、議論の揚句の果は、ごろんと寝ころがって、そう言って二人うそぶく。それが結論である。それでいいのだとこのごろ・・・ 太宰治 「もの思う葦」
・・・打ち連れ舞わん桂乙女うまし眉高く やさめの輝き長袖花をあざむけば天馳つかい喜び誦し山祇もみずとりだまもともに奏でん玉の緒琴 箏の笛妙なりや秋の夜心ゆく今の一とき久遠劫なる月の栄え讚えんに言の葉も得・・・ 宮本百合子 「秋の夜」
・・・世のなかの複雑な動きのあやから眼をはなさず、そのあやに織り込まれている自分の一生の意味を理解するところにいいつくせない面白さをも見出して生きて行こうとはせず、動的な現象事象から離れたどこかに、いわゆる久遠の幸福を感じようとする。だから、幸福・・・ 宮本百合子 「幸福の感覚」
・・・ 誰でも多くの人はその幼年時代の或る一つの出来事に対して自分の持った単純な幼い愛情を年の立つままに世の多くの出来事に遭遇する毎に思い浮べて見ると、真に一色なものでは有りながら久遠の愛と呼び度い様ななつかしい慰められる愛を感じる事が必ず一・・・ 宮本百合子 「追憶」
・・・「植物の運命と人間の運命との似通いを感じることがすべての抒情詩の久遠の題目である。」「仏法のいろいろな経文を、たぐいなくありがたい抒情詩と思います今日この頃の私であります。」「水晶幻想」時代にも、彼は科学の階級性は全然把握できな・・・ 宮本百合子 「文芸時評」
・・・ 伽藍はただ単に大きいというだけではない。久遠の焔のように蒼空を指さす高塔がある。それは人の心を高きに燃え上がらせながら、しかも永遠なる静寂と安定とに根をおろさせるのである。相重なった屋根の線はゆったりと緩く流れて、大地の力と蒼空の憧憬・・・ 和辻哲郎 「偶像崇拝の心理」
出典:青空文庫