・・・この聖徒はだれよりも苦行をしました。それは元来貴族だったために好奇心の多い公衆に苦しみを見せることをきらったからです。この聖徒は事実上信ぜられない基督を信じようと努力しました。いや、信じているようにさえ公言したこともあったのです。しかしとう・・・ 芥川竜之介 「河童」
・・・わたしの信ずるところによれば、或は柱頭の苦行を喜び、或は火裏の殉教を愛した基督教の聖人たちは大抵マソヒズムに罹っていたらしい。 我我の行為を決するものは昔の希臘人の云った通り、好悪の外にないのである。我我は人生の泉から、最大の味を汲み取・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・牧牛の女難陀婆羅、世尊に乳糜を献じ奉る、――世尊が無上の道へ入られるには、雪山六年の苦行よりも、これが遥かに大事だったのじゃ。『取彼乳糜如意飽食、悉皆浄尽。』――仏本行経七巻の中にも、あれほど難有い所は沢山あるまい。――『爾時菩薩食糜已訖従・・・ 芥川竜之介 「俊寛」
・・・親しくしていると、ちょいと人の好い公卿悪と云うような所がある。そうしてそれが豊島の人間に、或「動き」をつけている。そう云う所を知って見ると、豊島が比較的多方面な生活上の趣味を持っているのも不思議はない。 だから何も豊島は「何時でも秋の中・・・ 芥川竜之介 「豊島与志雄氏の事」
・・・さてレオが去った後、レオにかかる苦行を強いながら、何事もなげに居残ったこのフランシスを神は厳しく鞭ち給うた。眼ある者は見よ。懺悔したフランシスは諸君の前に立つ。諸君はフランシスの裸形を憐まるるか。しからば諸君が眼を注いで見ねばならぬものが彼・・・ 有島武郎 「クララの出家」
・・・古い事を言えば、あの武士道というものも、古来の迷信家の苦行と共に世界中で最も性急な道徳であるとも言えば言える。……日本はその国家組織の根底の堅く、かつ深い点に於て、何れの国にも優っている国である。従って、もしも此処に真に国家と個人との関係に・・・ 石川啄木 「性急な思想」
・・・何、牛に乗らないだけの仙家の女の童の指示である……もっと山高く、草深く分入ればだけれども、それにはこの陽気だ、蛇体という障碍があって、望むものの方に、苦行が足りない。で、その小さなのを五、六本。園女の鼻紙の間に何とかいう菫に恥よ。懐にして、・・・ 泉鏡花 「若菜のうち」
・・・あの会合は本尊が私設外務大臣で、双方が探り合いのダンマリのようなもんだったから、結局が百日鬘と青隈の公卿悪の目を剥く睨合いの見得で幕となったので、見物人はイイ気持に看惚れただけでよほどな看功者でなければドッチが上手か下手か解らなかった。あア・・・ 内田魯庵 「二葉亭追録」
・・・そして誠忠奉公の公卿たちは鎌倉で審議するという名目の下に東海道の途次で殺されてしまった。かくて政権は確実に北条氏の掌中に帰し、天下一人のこれに抗議する者なく、四民もまたこれにならされて疑う者なき有様であった。後世の史家頼山陽のごときは、「北・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・ この島四国めぐりは、霊験あらたかであると云い伝えられている。 苦行をしてめぐっているうちに盲目の眼があいたり、いざりの脚が立ったり、業病がなおったりした者があると云われている。悪いことをした者は途中で脚がすくんであるけなくなると云・・・ 黒島伝治 「海賊と遍路」
出典:青空文庫