・・・彼れはくさくさしてふいと座を立った。相手が何とかいうのを振向きもせずに店を出た。雨は小休なく降り続けていた。昼餉の煙が重く地面の上を這っていた。 彼れはむしゃくしゃしながら馬力を引ぱって小屋の方に帰って行った。だらしなく降りつづける雨に・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・とおろおろ声で言って「徳さんほんとにあまりおそくなるとお宅に悪いから、早く坊様を連れてお帰りよ、わたしは今泣いたので、きのうからくさくさしていた胸がすいたようだ。」 女は僕らの舟を送って三四丁も来たが、徳二郎に・・・ 国木田独歩 「少年の悲哀」
・・・「それは、ね、あたしだって、くさくさすることは、あるさ。この子は、いつまでもここにいて、いったいどうするつもりだろうと、さちよの図々しさが憎くなることもあるよ。でも、あたしは、ひとつことを三分以上かんがえないことに、昔からきめているの。めん・・・ 太宰治 「火の鳥」
・・・あんまりしつこいじゃアないか。くさくさしッちまうよ」と、じれッたそうに廊下を急歩で行くのは、当楼の二枚目を張ッている吉里という娼妓である。「そんなことを言ッてなさッちゃア困りますよ。ちょいとおいでなすッて下さい。花魁、困りますよ」と、吉・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・どんな人でもくさくさすればそこから自分の心持を紛らすことを望みます。どんな若い人が自分の青春が貧困であることを願っているでしょう。けれども、毎日が、そして現実が不如意だからといって、決して自分の生活に作り出すことも出来ず、取り入れることも出・・・ 宮本百合子 「自覚について」
・・・「ああ、実に私の生活はくさくさします、せめて小説でも書かねばいられません、私は作家になりたいのです」 ところで、もう一人の労働者からの手紙は以下のようなものであった。「親愛なゴーリキイ、私は自分の過去において経験したさまざまの闘・・・ 宮本百合子 「私の会ったゴーリキイ」
出典:青空文庫