・・・ このまま溶けてしまいたいほど、くたくたに疲れ、また提燈持って石の段々をひとつ、ひとつ、のぼって部屋へかえるのだ。宿は、かなり大きかった。まっ暗い長い廊下に十いくつもの部屋がならび、ところどころの部屋の障子が、ぼっと明るく、その部屋部屋・・・ 太宰治 「火の鳥」
・・・と言いましたら、場内に笑声が湧きました。くたくたに疲れてから、それから私はたいへんねばる事が出来ます。君と、ご同様です。 十分間、皆その場に坐ったままで休憩しました。それから、私は生徒たちのまん中に席を移して、質問を待ちました。「さ・・・ 太宰治 「みみずく通信」
・・・おまえのような狸をな、キャベジや塩とまぜてくたくたと煮ておれさまの食うようにしたものだ。」と云いました。すると狸の子はまたふしぎそうに「だってぼくのお父さんがね、ゴーシュさんはとてもいい人でこわくないから行って習えと云ったよ。」と云いま・・・ 宮沢賢治 「セロ弾きのゴーシュ」
・・・男女平等と憲法でかかれたとしても、男女が平等に十時間も十一時間も働いて、くたくたになって、かえったら眠って翌朝また出勤して来るだけのゆとりしかなかったら、その男女平等は、男女が平等に人間以下の条件におかれているというにすぎない。 男女が・・・ 宮本百合子 「いのちの使われかた」
・・・筆を握ったが、先の方が変にくたくた他愛がなく、どんな風に動かしていいかわからない。正直にいえば、母が、どっちから、どう書き出したかも、余り珍しく熱心に気をとられているので判らない。 暫く躊躇した後、私は思い切って力を入れ、硯に近い右の方・・・ 宮本百合子 「雲母片」
・・・そのために、吸いもせずにくたくた古くなったバットを二本、いつもニッケル・ケースに入れてもっているのであった。「チッ! いけすかない!」 空巣の加担をし※品を質屋へ持って行って入れられている五十婆さんが舌うちした。「あたし、世の中・・・ 宮本百合子 「刻々」
・・・五ヵ年計画で国じゅう真剣なのに、職場でこっそりあおっちゃくたくたしていられては堪らぬ。ソヴェトのプロレタリアートは目覚ましい勢で自己批判を始めた。一九二九年から禁酒運動の盛になったこと、文部省はアルコール中毒患者専門の療養所を開いた。キノで・・・ 宮本百合子 「正月とソヴェト勤労婦人」
・・・ そんなことで、娘くたくたにしてしまう。やがてつれて箱根などにゆく。 四月二十八日 那須 ○まだ若葉どころかやっと芽のあま皮がむけたばかり ○笹芝にまじって春輪どうの小さい碧い色の花が咲いて居る。 ○山の・・・ 宮本百合子 「一九二七年春より」
・・・ 然し、その朝は余り眠く、体がくたくたであった。眠いという溶けるような感覚しか何もない。十一時頃茶の間にやっと出た。まだ包紙も解いてないパン、ふせたままの紅茶茶碗等、人気なく整然と卓子の上に置かれている。――奇妙なことと思い、少し不安を・・・ 宮本百合子 「春」
出典:青空文庫