・・・――神職様、小鮒、鰌に腹がくちい、貝も小蟹も欲しゅう思わんでございましゅから、白い浪の打ちかえす磯端を、八葉の蓮華に気取り、背後の屏風巌を、舟後光に真似て、円座して……翁様、御存じでございましょ。あれは――近郷での、かくれ里。めった、人の目・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・――その時以来、腹のくちい、という味を知らなかったのです。しかし、ぼんやり突立っては、よくこの店を覗いたものです。――横なぐりに吹込みますから、古風な店で、半分蔀をおろしました。暗くなる……薄暗い中に、颯と風に煽られて、媚めかしい婦の裙が燃・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・……そのくせ、他愛のないもので、陽気がよくて、お腹がくちいと、うとうととなって居睡をする。……さあさあ一きり露台へ出ようか、で、塀の上から、揃ってもの干へ出たとお思いなさい。日のほかほかと一面に当る中に、声は噪ぎ、影は踊る。 すてきに物・・・ 泉鏡花 「二、三羽――十二、三羽」
出典:青空文庫