・・・この七五、また五七は単に和歌の形式の骨格となったのみならずいろいろな歌謡俗曲にまで浸潤して行ってありとあらゆる日本の詩の領分を征服し、そうしてすべての他の可能なるものを駆逐し、排除してしまっている。これは一つの大きな「事実」である。そうだと・・・ 寺田寅彦 「俳句の精神」
・・・彼はこのように夢を駆逐することに喜びと同時に大いなる悲しみをいだいて死んで行ったであろう。 この頭の働きの領土の広さと自由な滑脱性とに関して芭蕉と対蹠的の位置にいたのはおそらく凡兆のごとき人であったろう。試みにやはり『灰汁桶』の巻につい・・・ 寺田寅彦 「連句雑俎」
・・・われらをして、まずこの神聖なる過去の霊場より、不体裁なる種々の記念碑、醜悪なる銅像等凡て新しき時代が建設したる劣等にして不真面目なる美術を駆逐し、そしてわれらをして永久に祖先の残した偉大なる芸術にのみ恍惚たらしめよ。自分は断言する。われらの・・・ 永井荷風 「霊廟」
・・・――尤も、船会社と、船会社から頼まれた海軍だけだったが―― やがて、彼女が、駆逐艦に発見された時、船の中には、「これじゃ船が動く道理がない」と、船会社の社長が言った半馬鹿、半狂人の船長と、木乃伊のような労働者と、多くの腐った屍とがあった・・・ 葉山嘉樹 「労働者の居ない船」
・・・そして大きくはねをひろげて北の方へ遁げ出そうとしましたが、もうそのときは駆逐艦たちはまわりをすっかり囲んでいました。「があ、があ、があ、があ、があ」大砲の音は耳もつんぼになりそうです。山烏は仕方なく足をぐらぐらしながら上の方へ飛びあがり・・・ 宮沢賢治 「烏の北斗七星」
・・・エログロ出版物を駆逐するために、警察力を使えということ、新しい取締法律をつくれという意見が伝えられました。しかし、猥褻罪を取締るためには、そのための法律がある。どうせ悪質な出版をする者はその時々の情勢によって猥褻にもなれば怪奇にもなるのであ・・・ 宮本百合子 「新しい抵抗について」
・・・トーキーに駆逐されて口が干上ると起ち上った映画従業員のスト等々数えきれない問題のすべては、戦争によって一時的にせよ自身を糊塗しようとし、一切の犠牲をそのために省みないところのブルジョア側の計画遂行の結果であることを考えさせずにはおかない。而・・・ 宮本百合子 「メーデーに備えろ」
・・・また栖方は梶に擦りよって来ると、突然声をひそめ、今まで抑えていたことを急に吐き出すように、「巡洋艦四隻と、駆逐艦四隻を沈めましたよ。光線をあてて、僕は時計をじっと計っていたら、四分間だった。たちまちでしたよ。」 あたりには誰もいなか・・・ 横光利一 「微笑」
・・・父は医者であるが、医者は病気というものをこの人生から駆逐する任務を持っているという確信で動いていた。父の日常の動作に「報酬のため」或いは「生活費のため」という影のさしたことをかつて見たことがない。報酬はもちろん受ける、しかし自分の任務を果た・・・ 和辻哲郎 「蝸牛の角」
出典:青空文庫