・・・何でも、同じ御堂に詣っていた連中の中に、背むしの坊主が一人いて、そいつが何か陀羅尼のようなものを、くどくど誦していたそうでございます。大方それが、気になったせいでございましょう。うとうと眠気がさして来ても、その声ばかりは、どうしても耳をはな・・・ 芥川竜之介 「運」
・・・父がくどくどと早田にいろいろな報告をさせたわけが彼にはわかったように思えた。「たいていわかりました」 その答えを聞くと父は疑わしそうにちらっともう一度彼を鋭く見やった。「ずいぶんめんどうなものだろう、これだけの仕事にでも眼鼻をつ・・・ 有島武郎 「親子」
・・・笠井はくどくどとそこに行き着く注意を繰返して、しまいに金が要るなら川森の保証で少し位は融通すると付加えるのを忘れなかった。しかし仁右衛門は小屋の所在が知れると跡は聞いていなかった。餓えと寒さがひしひしと答え出してがたがた身をふるわしながら、・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・ 十七 お幾は年紀の功だけに、身を震わさないばかりであったが、「いえ、もう下らないこと、くどくど申上げまして、よくお聞き遊ばして下さいました。昔ものの口不調法、随分御退屈をなすったでございましょう。他に相談相・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・で、両掌を仰向け、低く紫玉の雪の爪先を頂く真似して、「かように穢いものなれば、くどくどお礼など申して、お身近はかえってお目触り、御恩は忘れぬぞや。」と胸を捻じるように杖で立って、「お有難や、有難や。ああ、苦を忘れて腑が抜けた。もし、太夫・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・ 肺病を苦にして自殺をしようと思い、石油を飲んだところ、かえって病気が癒った、というような実話を例に出して、男はくどくどと石油の卓効に就いて喋った。「そんな話迷信やわ」 いきなり女が口をはさんだ。斬り落すような調子だった。 ・・・ 織田作之助 「秋深き」
・・・もみんな虚構だと、くどくど説明したが、その大学教授は納得しないのである。私は業を煮やして、あの小説は嘘を書いただけでなく、どこまで小説の中で嘘がつけるかという、嘘の可能性を試してみた小説だ、嘘は小説の本能なのだ、人間には性慾食慾その他の本能・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・ そんなにくどくどと勿体をつけられて借りると、私は飛ぶようにして家へかえり、天辰の主人がどうしてこれを手に入れたのか、案外道楽気のある男だと思いながら、読み出した。謄写刷りの読みにくい字で、誤字も多かったが、八十頁余りのその記録をその夜・・・ 織田作之助 「世相」
・・・ はっきり言おう。くどくどと、あちこち持ってまわった書き方をしたが、実はこの小説、夫婦喧嘩の小説なのである。「涙の谷」 それが導火線であった。この夫婦は既に述べたとおり、手荒なことはもちろん、口汚く罵り合った事さえないすこぶるお・・・ 太宰治 「桜桃」
・・・その一句に、匂わせて在る心理の微妙を、私は、くどくどと説明したくないのですが、読者は各々勝手に味わい楽しむがよかろう。なかなか、ここは、いいところなのであります。また、劈頭の手紙の全文から立ちのぼる女の「なま」な憎悪感に就いては、原作者の芸・・・ 太宰治 「女の決闘」
出典:青空文庫