・・・「月々大阪からいくらか仕送ってもらって、こっちで暮らすわけにゆかない。商売するにしても、何か堅気なものでなくちゃ。お絹ちゃんなんかには、こんな商売はとてもだめだ」「けど女のする商売といえば、ほかに何にもないでしょう」「さあね」・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・ クラスのうちで一番身体が大きく、一番勉強もできたので、ずウッと級長をしていた。 林と私はそれまで一緒に遊んだりしたことはなかったが、いつもニコニコしている子だから嫌いではなかった。力の強い子で、朝、教室の前で同級生たちを整列させて・・・ 徳永直 「こんにゃく売り」
・・・活力節減の方で例を引いてお話をしますと、人力車を挽いて渡世にするか、または自動車のハンドルを握って暮すかの競争になったのであります。どっちを家業にしたって命に別条はないにきまっているが、どっちへ行っても労力は同じだとは云われません。人力車を・・・ 夏目漱石 「現代日本の開化」
・・・私は日本人として古典語を学ぶのは中々困難であると申上げると、それでもお前と同クラスの岩元君はギリシャ語を読むではないかとのことであった。You must read Latin at least. *2といわれた。しかしまた先生は時に手ずから・・・ 西田幾多郎 「明治二十四、五年頃の東京文科大学選科」
・・・僕は自然に友人を避け、孤独で暮すことを楽しむように、環境から躾けられてしまったのである。 こうした環境に育った僕は、家で来客と話すよりも、こっちから先方へ訪ねて行き、出先で話すことを気楽にして居る。それに僕は神経質で、非常に早く疲れ易い・・・ 萩原朔太郎 「僕の孤独癖について」
・・・そしてちょうど、このお話のはじまりのようになるはずの、たくさんのブドリのおとうさんやおかあさんは、たくさんのブドリやネリといっしょに、その冬を暖かいたべものと、明るい薪で楽しく暮らすことができたのでした。・・・ 宮沢賢治 「グスコーブドリの伝記」
・・・そこだけ椅子のあるふき子の居間で暮すのだが、彼等は何とまとまった話がある訳でもなかった。ふき子が緑色の籐椅子の中で余念なく細かい手芸をする、間に、「この辺花なんか育たないのね、山から土を持って来たけれどやっぱり駄目だってよ」などと話・・・ 宮本百合子 「明るい海浜」
・・・ F君はドイツ語の教師をして暮す。私は役人をして、旁フランス語の稽古をして暮す。そして時々逢って遠慮のない話をする。二人の間には世間並の友人関係が成り立ったのである。 ―――――――――――― 翌年になった。四月・・・ 森鴎外 「二人の友」
・・・諸君と私とを一しょに集めて、小学校のクラスの座順のように並ばせて、私に下座に座ってお辞儀をしろと云うことなら、私は平気でお辞儀をするでしょう。そしてそれは批評家の嫌う石田少介流とかの、何でもじいっと堪えているなんぞと云うのではありません。本・・・ 森鴎外 「Resignation の説」
・・・「大勢の知らない方と一つ部屋で一晩暮すのは厭なものでございますね。そうでございましょう。人間というものは夜は変になりますのね。誰も誰も持っている秘密が、闇の中で太って来て、恐ろしい姿になりますかと思われますね。ほんにこわいこと。でも、明・・・ 著:リルケライネル・マリア 訳:森鴎外 「白」
出典:青空文庫