・・・おまけに文楽が文薬となっており、東京の帝国大学を出た人にこんな人がざらにいるとすれば、ほんとうにおかしな、由々しいことだと、私は眼玉をくるくる動かして腹を立てていた。散々待たせて、あの人はのそっとやって来、じつは欠勤した同僚の仕事をかわって・・・ 織田作之助 「天衣無縫」
・・・ 豹吉が言うと、ブラジル珈琲とはどんなものか、二人にはまるで判らなかったが、びっくりしたような眼を、一層くるくるさせて、「ほんまか、大将!」 十八の豹吉を大将と呼んだ。「大将大将いうな。日本に大将なんかあるもんか。さア、二人・・・ 織田作之助 「夜光虫」
・・・ コーリヤは眼が鈴のように丸くって大きく、常にくるくる動めいている、そして顔にどっか尖ったところのある少年だった。「ガーリヤはいるかね?」「いるよ。」「どうしてるんだ。」「用をしてる。」 コーリヤは、その場で、汁につ・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・のみならず、牛部屋では、鞍をかけられた牛が、粉ひき臼をまわして、くるくる、真中の柱の周囲を廻っていた。その番もしなければならない。「牛の番やかいドーナリヤ!」いつになく藤二はいやがった。彼は納屋の軒の柱に独楽の緒をかけ、両手に端を持って・・・ 黒島伝治 「二銭銅貨」
・・・ 「時にお前、蛇口を見ていた時に、なんじゃないか、先についていた糸をくるくるっと捲いて腹掛のどんぶりに入れちゃったじゃねえか。」 「エエ邪魔っけでしたから。それに、今朝それを見まして、それでわっちがこっちの人じゃねえだろうと思ったん・・・ 幸田露伴 「幻談」
・・・そして水の上でくるくると輪をかいて流れて行った。七人の男は鴉の方を見向きもしない。 どこをも、別荘の園のあるあたりをも、波戸場になっているあたりをも、ずっと下がって、もう河の西岸の山が畠の畝に隠れてしまう町のあたりをも、こんた黒い男等の・・・ 著:シュミットボンウィルヘルム 訳:森鴎外 「鴉」
・・・「それでしかたがないもんだから、とうとのこのこ役場へやって行ったんでした。くるくる坊主ですねここの村長は」「ええ、ほほほ」「そしたらあの人が親切に心配してくれたんです」「そしてここの小母さんに、私は母というものがないんだから・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・と言いながら、目の玉に力を入れて、くるくる四方八方をにらみまわしました。するとそのたんびに、目の中からしゅうしゅうと、長い焔がとび出しました。そのために、にげかけていた鳩は、たちまち二つのつばさをまっ黒に焼きこがされてしまいました。 鳩・・・ 鈴木三重吉 「ぶくぶく長々火の目小僧」
・・・目をくるくる廻して、首がどっちへでも向くのよ。好いじゃないか。このコルクのピストルはマヤに遣るの。(コルクを填こわくって。わたしがお前さんを撃ち殺すかと思ったの。まさかお前さんがそんなことを思うだろうとは、わたし思わなくって・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:森鴎外 「一人舞台」
・・・ 私は坊やを背中からおろし、奥の六畳間にひとりで遊ばせて置いて、くるくると立ち働いて見せました。坊やは、もともとひとり遊びには馴れておりますので、少しも邪魔になりません。また頭が悪いせいか、人見知りをしないたちなので、おかみさんにも笑い・・・ 太宰治 「ヴィヨンの妻」
出典:青空文庫