・・・ 同時に、蛇のように、再び舌が畝って舐め廻すと、ぐしゃぐしゃと顔一面、山女を潰して真赤になった。 お町の肩を、両手でしっかとしめていて、一つ所に固った、我が足がよろめいて、自分がドシンと倒れたかと思う。名古屋の客は、前のめりに、近く・・・ 泉鏡花 「古狢」
・・・突風の如く手折って、掌にのせて、花びらむしって、それから、もみくちゃにして、たまらなくなって泣いて、唇のあいだに押し込んで、ぐしゃぐしゃに噛んで、吐き出して、下駄でもって踏みにじって、それから、自分で自分をもて余します。自分を殺したく思いま・・・ 太宰治 「秋風記」
・・・私は、人の三倍も四倍も復讐心の強い男なのであるから、また、そうなると人の五倍も六倍も残忍性を発揮してしまう男なのであるから、たちどころにその犬の頭蓋骨を、めちゃめちゃに粉砕し、眼玉をくり抜き、ぐしゃぐしゃに噛んで、べっと吐き捨て、それでも足・・・ 太宰治 「畜犬談」
・・・妙にぐしゃぐしゃという音をたてて口の中を泡だらけにして、そうしてあの板塀や下見などに塗る渋のような臭気を部屋じゅうに発散しながら、こうした涅歯術を行なっている女の姿は決して美しいものではなかったが、それにもかかわらず、そういう、今日ではもう・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・ところがどういうわけですか、その年は、お日さまが春から変に白くて、いつもなら雪がとけるとまもなく、まっしろな花をつけるこぶしの木もまるで咲かず、五月になってもたびたび霙がぐしゃぐしゃ降り、七月の末になってもいっこうに暑さが来ないために、去年・・・ 宮沢賢治 「グスコーブドリの伝記」
出典:青空文庫