・・・やはり、この雨に遇ったと云う事は、道服の肩がぐっしょり濡れているので、知れた。 李は、この老人を見た時に、何とか語をかけなければ、ならないような気がした。一つには、濡鼠になった老人の姿が、幾分の同情を動かしたからで、また一つには、世故が・・・ 芥川竜之介 「仙人」
・・・――そう云ってあいつは出て行ったのだが、しばらくすると、どうしたのだかぐっしょり雨に濡れたまま、まっ蒼な顔をして帰って来た。聞けば中央停車場から濠端の電車の停留場まで、傘もささずに歩いたのだそうだ。では何故またそんな事をしたのだと云うと、―・・・ 芥川竜之介 「妙な話」
・・・丁度自分の畑の所まで来ると佐藤の年嵩の子供が三人学校の帰途と見えて、荷物を斜に背中に背負って、頭からぐっしょり濡れながら、近路するために畑の中を歩いていた。それを見ると仁右衛門は「待て」といって呼びとめた。振向いた子供たちは「まだか」の立っ・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・ クサカは別荘の人々の後について停車場まで行って、ぐっしょり沾れて別荘の処に帰って来た。その時クサカは前と変った芸当を一つしたが、それは誰も見る人がなかった。芸当というのは、別荘の側で、後脚で立ち上がって、爪で入口の戸をかりかりと掻いた・・・ 著:アンドレーエフレオニード・ニコラーエヴィチ 訳:森鴎外 「犬」
・・・「でも、分らないのは、――新聞にも出ましたけれど、ちゃんと裾腰のたしなみはしてあるのに、衣ものは、肌まで通って、ぐっしょり、ずぶ濡れだったんですって。……水ごりでも取りましたか、それとも途中の小川へでも落ちたんでしょうか。」「ああ、・・・ 泉鏡花 「古狢」
・・・もとおなじ側です、けれども、何だか遠く離れた海際まで、突抜けになったようで、そこに立っている人だかりが――身を投げたのは淵だというのに――打って来る波を避けるように、むらむらと動いて、地がそこばかり、ぐっしょり汐に濡れているように見えた。・・・ 泉鏡花 「縷紅新草」
・・・ と、語呂よく、調子よく、ひょいと飛び出した言葉だが、しかしその調子の軽さにくらべて、心はぐっしょり濡れた靴のように重かった。 小沢は学生時代、LUMPENという題を出されて、「RUMPEN とは合金ペンなり」 という怪しげ・・・ 織田作之助 「夜光虫」
出典:青空文庫