・・・私は十時ころぐっすり寝込んだんですが、ふと目を覚ますと、唸り声がする、苦しい苦しいという声がする。どうしたんだろう、奥には誰もいぬはずだがと思って、不審にしてしばらく聞いていたです。すると、その叫び声はいよいよ高くなりますし、誰か来てくれ!・・・ 田山花袋 「一兵卒」
・・・雀が来てそれを食うと間もなく酔を発して好い気持になり、やがてその柿の葉を有合わせの蒲団にしてぐっすり寝込んでしまう。秋の日がかんかん照りつけるので柿の葉が乾燥してじりじりと巻き上がるのでいつの間にかそっくりと雀を包んで動けないように縛ってし・・・ 寺田寅彦 「重兵衛さんの一家」
・・・お二人は家に入り、母さまが迎えなされて戸の環を嵌めておられますうちに、童子はいつかご自分の床に登って、着換えもせずにぐっすり眠ってしまわれました。 また次のようなことも申します。 ある日須利耶さまは童子と食卓にお座りなさいました。食・・・ 宮沢賢治 「雁の童子」
・・・ブドリは毛布をからだに巻いてぐっすり眠りました。八 秋 その年の農作物の収穫は、気候のせいもありましたが、十年の間にもなかったほど、よくできましたので、火山局にはあっちからもこっちからも感謝状や激励の手紙が届きました。ブドリ・・・ 宮沢賢治 「グスコーブドリの伝記」
・・・それから、やっとせいせいしたというようにぐっすりねむりました。 次の晩もゴーシュがまた黒いセロの包みをかついで帰ってきました。そして水をごくごくのむとそっくりゆうべのとおりぐんぐんセロを弾きはじめました。十二時は間もなく過ぎ一時もすぎ二・・・ 宮沢賢治 「セロ弾きのゴーシュ」
・・・ ――私どもきっとぐっすり眠っちゃうから、明日の朝まで荷物見るものがないでしょう? だからね。 そういって笑った。 鞄を頭の奥へ立て、布団を体にまきつけ、やっと二人目の日本女も横になった。 レーニングラード、モスクワ間八百六・・・ 宮本百合子 「スモーリヌイに翻る赤旗」
・・・李茂はもうぐっすり眠っていた。天の川はすでに低くなっていたからである。晩香玉の香の高いひっそりとした暗やみの中で、かすかに「女房や」と云いかけるのと「聞きたくもない。わたしはあんたの女房じゃないよ」という答えが聞かれた。 こういう風趣の・・・ 宮本百合子 「春桃」
・・・私は沢山ぐっすり眠りたい。そこで、工面をし、机の引出しから友達の香典がえしに貰った黒縮緬の袱紗を出した。それを二つにたたみ、鼻の上まで額からかぶる。地がよい縮緬なので、硝子は燦く朝なのに、私の瞼の上にだけは濃い暗い夜が出来る。眠り足らず、幾・・・ 宮本百合子 「春」
・・・お婆さんが糸を巻くのは、もう風見のさえ、羽交に首を突こんで一本脚で立ったまま、ぐっすり眠っている刻限でしたもの。〔一九二三年九月〕 宮本百合子 「ようか月の晩」
・・・夜は疲れてぐっすり寝たかと思うと、たびたび目をさましてため息をつく。それから起きて、夜なかに裁縫などをすることがある。そんな時は、そばに母の寝ていぬのに気がついて、最初に四歳になる初五郎が目をさます。次いで六歳になるとくが目をさます。女房は・・・ 森鴎外 「最後の一句」
出典:青空文庫