・・・頭がぐらぐらして倒れそうな気がした。「じいさん、うら腹が減ったがいの。」と、ばあさんは迷い迷って、人ごみの中をようよう公園の方へぬけて来て云った。「そんならなんぞ食うか。」「うらあ鮨が食うてみたいんじゃ。」 両人は鮨屋を探し・・・ 黒島伝治 「老夫婦」
・・・俄に強く衝き動かされて、ぐらぐらとなったように見えたが、憤怒と悲みとが交り合って、ただ一ツの真面目さになったような、犯し難い真面目さになって、「ム」と行詰ったが如くに一ト息した。真面目の顔からは手強い威が射した。主人も女も其威に打た・・・ 幸田露伴 「雪たたき」
・・・同じ市内でも地盤のつよいところとよわいところでは震動のはげしさもちがいますが、本所のような一ばんひどかった部分では、あっと言って立ち上ると、ぐらぐらゆれる窓をとおして、目のまえの鉄筋コンクリートだての大工場の屋根瓦がうねうねと大蛇が歩くよう・・・ 鈴木三重吉 「大震火災記」
・・・ ですからしまいには、泉一ぱいの水が、その焔でぐらぐらとわきたって、ちょうど大釜のお湯がふきこぼれるように、土の上へふき上って来ました。そのうちに、小さな一ぴきの魚が、半煮えになって、ひょこりと、地面へはね上りました。魚はもうあつくて/・・・ 鈴木三重吉 「ぶくぶく長々火の目小僧」
・・・佐吉さんが何も飲まないのだから、私一人で酔っぱらって居るのも体裁が悪く、頭がぐらぐらして居ながらも、二合飲みほしてすぐに御飯にとりかかり、御飯がすんでほっとする間もなく、佐吉さんが風呂へ行こうと私を誘うのです。断るのも我儘のような気がして、・・・ 太宰治 「老ハイデルベルヒ」
・・・僕はそう言ってしまって、ぐらぐらとよろめいた。「ええ。私、そんな男のかたが好きなの。もすこしまえにそれを知ってくださいましたなら。でも、もうおそいの。私を信じなかった罰よ。」軽く笑いながら言ってのけた。 僕はあしもとの土くれをひとつ・・・ 太宰治 「彼は昔の彼ならず」
・・・一瞬ぐらぐらめまいした。森ちゃんに一目あいたくて、全身が熱くなった。姉を殺した記憶もふっ飛ぶ。いまはただ、部屋を借りられなかった失敗の残念だけが、鶴の胸をしめつける。ふたり一緒に会社から帰って、火をおこして、笑い合いながら夕食して、ラジオを・・・ 太宰治 「犯人」
・・・いつも人と会うときには殆どぐらぐら眩暈をして、話をしていなければならんような性格なので、つい酒を飲むことになる。それで健康を害し、或いは経済の破綻などもしばしばあって、家庭はいつも貧寒の趣きを呈しております。寝てからいろいろその改善を企図す・・・ 太宰治 「わが半生を語る」
・・・ 頭脳がぐらぐらして天地が廻転するようだ。胸が苦しい。頭が痛い。脚の腓のところが押しつけられるようで、不愉快で不愉快でしかたがない。ややともすると胸がむかつきそうになる。不安の念がすさまじい力で全身を襲った。と同時に、恐ろしい動揺がまた・・・ 田山花袋 「一兵卒」
大垣の女学校の生徒が修学旅行で箱根へ来て一泊した翌朝、出発の間ぎわに監督の先生が記念の写真をとるというので、おおぜいの生徒が渓流に架したつり橋の上に並んだ。すると、つり橋がぐらぐら揺れだしたのに驚いて生徒が騒ぎ立てたので、・・・ 寺田寅彦 「災難雑考」
出典:青空文庫