・・・おさるは雌だけにどこか雌らしいところがあって、つかまりでもするとけたたましい悲鳴をあげて人を驚かした。 玉をつれて来て子猫の群れへ入れると、赤と次郎はひどくおびえて背を丸く立てて固くしゃちこばったが、太郎とおさるはじきに慣れて平気でいた・・・ 寺田寅彦 「子猫」
・・・ 向こう側の三人の爆笑とそれに続く沈静との週期的交代の観察に気を取られて、しばらく前方の老人の事を忘れていたが、突然、実に突然にその老人が卓上の呼び鈴をやけくそにたたきつけるけたたましい音に驚かされてそのほうに注意をよびもどされた。・・・ 寺田寅彦 「三斜晶系」
・・・枝から釣るす籠の内で鸚鵡が時々けたたましい音を出す。「南方の日の露に沈まぬうちに」とウィリアムは熱き唇をクララの唇につける。二人の唇の間に林檎の花の一片がはさまって濡れたままついている。「この国の春は長えぞ」とクララ窘める如くに云う・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
・・・とひとりごとを言いました。 すると不意に流れの上の方から、 「ブルルル、ピイ、ピイ、ピイ、ピイ、ブルルル、ピイ、ピイ、ピイ、ピイ」とけたたましい声がして、うす黒いもじゃもじゃした鳥のような形のものが、ばたばたばたばたもがきながら、流・・・ 宮沢賢治 「貝の火」
・・・途端、けたたましい叫び声をあげて廊下の鸚哥があばれた。「餌がないのかしら」 ふき子が妹に訊いた。「百代さん、あなたけさやってくれた?」 百代は聞えないのか返事しなかった。「よし、僕が見てやる」 篤介が横とびに廊下へ出・・・ 宮本百合子 「明るい海浜」
・・・ 勘助が、もう一人と暗い土間で履物を爪先探りしている時、けたたましい声が聞こえた。「勇吉ん家が火事だぞ――っ!」 その声で、総立ちになった。方々で、戸をあける音もする。勘助は、緊張した声で指揮をした。「おれと、馬さんは現場へ・・・ 宮本百合子 「田舎風なヒューモレスク」
・・・ 鶏裏の小屋の鶏真昼 けたたましい声をあげる。昨日も、おとといも 又さきおとといも私は部屋から声をきいた。然し、何と云う いやな音。雀は勿論 彼等は電車より厭な声を出す。濁り、限られ、さも苦・・・ 宮本百合子 「五月の空」
・・・ 食物に我を忘れて居た鶏共は、不意に敵の来襲をうけてどうする余地もなく、けたたましい叫びと共にバタバタと高い暗い鳥屋に逃げ上ろうとひしめき合う。あまりの羽音に「きも」を奪われたのか、犬はその後には目もくれずにじめじめした土間を嗅ぎ廻る。・・・ 宮本百合子 「農村」
・・・と云う声が列車の内外でした。それで気が緩もうとすると、前方で、突然、「いた! いた!」とけたたましい叫びが起った。次いで、ワーッと云う物凄い鬨声をあげ、何かを停車場の外へ追いかけ始めた。 観念して、恐ろしさを堪えていた私は、・・・ 宮本百合子 「私の覚え書」
・・・ 花壇の処まで帰った頃に、牝鶏が一羽けたたましい鳴声をして足元に駈けて来た。それと一しょに妙な声が聞えた。まるで聒々児の鳴くようにやかましい女の声である。石田が声の方角を見ると、花壇の向うの畠を為切った、南隣の生垣の上から顔を出している・・・ 森鴎外 「鶏」
出典:青空文庫