・・・だから、人々は辻は汚ない、けちけちと溜めている、もう十万円も溜めたろうと言っていた。あんなに若いのに金を溜めてどうするのだろう、ボロ家に住んでみすぼらしい服装をして、せっせと溜めてやがる、と軽蔑されていた。 ところが、その彼がある空襲の・・・ 織田作之助 「鬼」
・・・退院まで四十日も掛り、その後もレントゲンとラジウムを掛けに通ったので、教師をしていた間けちけちと蓄めていた貯金もすっかり心細くなってしまい、寺田は大学時代の旧師に泣きついて、史学雑誌の編輯の仕事を世話してもらった。ところが、一代は退院後二月・・・ 織田作之助 「競馬」
・・・あなたは、私の視線を、片手で、払いのけるようにして、いいから僕に貸しておくれ、けちけちするなよ、とおっしゃって、それから雨宮さんのほうに向って、お互、こんな時には、貧乏は、つらいね、と笑っておっしゃるのでした。私は、呆れて、何も申し上げたく・・・ 太宰治 「きりぎりす」
・・・私はいつも、けちけちしている癖に、ざらざら使い崩すたちなので、どうしてもお金が残りません。一文おしみの百失いとでもいうものなのでしょうか。しかも、また、貧乏に堪える力も弱いので、つい無理な仕事も引受けます。お金が、ほしくなるのです。ラジオ放・・・ 太宰治 「みみずく通信」
・・・子供を連れだしたって、いちいち嫁さんから小遣もらうのは厭やし、お寺詣りするにしても、あまりけちけちした真似をしたくないと思うから」「月々大阪からいくらか仕送ってもらって、こっちで暮らすわけにゆかない。商売するにしても、何か堅気なものでな・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・「けちけちするない――早く出さねえか――正直に銭を払ってる此輩アいい迷惑だ。」と叫ぶものもある。 不時の停車を幸いに、後れ走せにかけつけた二、三人が、あわてて乗込んだ。その最後の一人は、一時に車中の目を引いたほどの美人で、赤いてがらをか・・・ 永井荷風 「深川の唄」
・・・ 法外な値だとは知りながら、すっかり勝手の違った東京の中央で、大きな迷子になる事も辛かったし、十銭二十銭の事に、けちけちする様に思われたくないと云う身柄にない見えもあった。 広い通りや、狭い通りを抜けて、走る電車の前を突切る早業に、・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
出典:青空文庫