・・・ 半三郎は二年前にある令嬢と結婚した。令嬢の名前は常子である。これも生憎恋愛結婚ではない。ある親戚の老人夫婦に仲人を頼んだ媒妁結婚である。常子は美人と言うほどではない。もっともまた醜婦と言うほどでもない。ただまるまる肥った頬にいつも微笑・・・ 芥川竜之介 「馬の脚」
・・・「何しろ三浦は何によらず、こう云う態度で押し通していましたから、結婚問題に関しても、『僕は愛のない結婚はしたくはない。』と云う調子で、どんな好い縁談が湧いて来ても、惜しげもなく断ってしまうのです。しかもそのまた彼の愛なるものが、一通りの・・・ 芥川竜之介 「開化の良人」
・・・そして着ながらもしこれが両親の許しを得た結婚であったならばと思った。父は恐らくあすこの椅子にかけて微笑しながら自分を見守るだろう。母と女中とは前に立ち後ろに立ちして化粧を手伝う事だろう。そう思いながらクララは音を立てないように用心して、かけ・・・ 有島武郎 「クララの出家」
・・・すなわち、その共棲がまったく両者共通の怨敵たるオオソリテイ――国家というものに対抗するために政略的に行われた結婚であるとしていることである。 それが明白なる誤謬、むしろ明白なる虚偽であることは、ここに詳しく述べるまでもない。我々日本の青・・・ 石川啄木 「時代閉塞の現状」
・・・ お見受け申すと、これから結婚の式にお臨みになるようなんです。 いや、ようなんですぐらいだったら、私もかような不埒、不心得、失礼なことはいたさなかったろうと思います。 確に御縁着きになる。……双方の御親属に向って、御縁女の純潔を・・・ 泉鏡花 「革鞄の怪」
・・・そうかといって、結婚二十年の古夫婦が、いまさら恋愛でもないじゃないか。人間の自然性だの性欲の満足だのとあまり流行臭い思想で浅薄に解し去ってはいけない。 世に親というものがなくなったときに、われらを産んでわれらを育て、長年われらのために苦・・・ 伊藤左千夫 「去年」
・・・僕よりも少し年上だけに、不断はしッかりしたところのある女だが、結婚の席へ出た時の妻を思えば、一、二杯の祝盃に顔が赤くなって、その場にいたたまらなくなったほどの可愛らしい花嫁であった。僕は、今、目の前にその昔の妻のおもかげを見ていた。 そ・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・ 庚申山は閲す幾春秋 賢妻生きて灑ぐ熱心血 名父死して留む枯髑髏 早く猩奴名姓を冒すを知らば 応に犬子仇讐を拝する無かるべし 宝珠是れ長く埋没すべけん 夜々精光斗牛を射る 雛衣満袖啼痕血痕に和す 冥途敢て忘れん阿郎の恩を 宝・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・ 青木は外国婦人を娶ったが、森は明治の初め海外留学の先駈をした日本婦人と結婚した。式を挙げるに福沢先生を証人に立てて外国風に契約を交換す結婚の新例を開き、明治五、六年頃に一夫一婦論を説いて婦人の権利を主張したほどのフェミニストであったか・・・ 内田魯庵 「四十年前」
・・・ いよいよ、赤い姫君と黒い皇子とがご結婚をなされるといううわさがたちました。そのとき、一人のおばあさんの予言者が、姫君の前に現れて申しあげたのであります。このおばあさんは、これまでいろいろなことについて予言をしました。そして、みんなそれ・・・ 小川未明 「赤い姫と黒い皇子」
出典:青空文庫