・・・また小児の概して正直にして、無智の人民に道徳堅固の者多きは、今日の実際において疑うべからざることなれば、道徳は必ず人の教によるものにあらず、あたかも人の天賦に備わりて偶然に発起するものなりといえども、智恵は然らず。人学ばざれば智なし。面壁九・・・ 福沢諭吉 「文明教育論」
・・・人間の記憶は全く意志の掣肘を受けずに古い閲歴を堅固に保存して置くものである。そう云う閲歴は官能的閲歴である。オオビュルナンはマドレエヌの昔使っていた香水の匂い、それから手箱の蓋を取って何やら出したこと、それからその時の室内の午後の空気を思い・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・〔『日本』明治三十二年三月二十三日〕 余は思う、曙覧の貧は一般文人の貧よりも更に貧にして、貧曙覧が安心の度は一般貧文人の安心よりも更に堅固なりと。けだし彼に不平なきに非るもその不平は国体の上における大不平にして衣食住に関する小不平に・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
・・・イギリスが大戦までは経済的に堅固であった中流生活の土台の上に立って、家庭生活というものを重んじ、子供の躾けや教育に重きを置いてきた。その社会事情が反映して、十九世紀以後の英文学には「アリスの不思議な国旅行」「ピータア・パン」、ディケンズやア・・・ 宮本百合子 「子供のために書く母たち」
・・・静かに幕 第一幕 第二場 場所 王の場内の一部景 太い柱が堅固ラシクスクスクと立ちならんで、上手中央下手に左右に開く扉がある。四方にはドッシリした錦の織物を下げて床に・・・ 宮本百合子 「胚胎(二幕四場)」
・・・「私は外部からの助力を待たず、幸福な機会というものにも望みをかけなかったが、私の中には次第に意志的な執拗さが発達し、生活の条件が困難になればなる程、それだけ堅固な賢くさえある自分を感じた。私は非常に早くから人間を作るものは周囲の環境への抵抗・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
・・・が、私の中には次第に意志的な執拗さが発達し、生活の条件が困難になればなる程、それだけ堅固な賢くさえある自分を感じた。私は非常に早くから人間を作るものは周囲の環境への抵抗であるということを理解した」のであった、と。 こういう心で、ゴーリキ・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの発展の特質」
・・・それがどうしても動かすことの出来ぬほど堅固な決心であった。外記はご恩報じをさせると言ったということである。この詞ははからず聞いたのであるが、実は聞くまでもない、外記が薦めるには、そう言って薦めるにきまっている。こう思うと、数馬は立ってもすわ・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・松坂以来九郎右衛門の捜索方鍼に対して、稍不満らしい気色を見せながら、つまりは意志の堅固な、機嫌に浮沈のない叔父に威圧せられて、附いて歩いていた宇平が、この時急に活気を生じて、船中で夜の更けるまで話し続けた。 十六日の朝舟は讃岐国丸亀に着・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
・・・ 労働服の無口で堅固な伊豆に梶は礼をのべる気持になった。栖方は酒を注ぐ手伝いの知人の娘に軽い冗談を云ったとき、親しい応酬をしながらも、娘は二十一歳の博士の栖方の前では顔を赧らめ、立居に落ち付きを無くしていた。いつも両腕を組んだ主宰者の技・・・ 横光利一 「微笑」
出典:青空文庫