・・・されば、翁も心安う見参に入り、聴聞の御礼申そう便宜を、得たのでござる。」「何とな。」 道命阿闍梨は、不機嫌らしく声をとがらせた。道祖神は、それにも気のつかない容子で、「されば、恵心の御房も、念仏読経四威儀を破る事なかれと仰せられ・・・ 芥川竜之介 「道祖問答」
・・・ が、泰さんは一向無頓着に、その竹格子の窓の前へ立止ると、新蔵の方を振返って、「じゃいよいよ鬼婆に見参と出かけるかな。だが驚いちゃいけないぜ。」と、今更らしい嚇しを云うのです。新蔵は勿論嘲笑って、「子供じゃあるまいし。誰が婆さんくらいに・・・ 芥川竜之介 「妖婆」
・・・深山に入り、高山、嶮山なんぞへ登るということになると、一種の神秘的な興味も多いことです。その代りまた危険も生じます訳で、怖しい話が伝えられております。海もまた同じことです。今お話し致そうというのは海の話ですが、先に山の話を一度申して置きます・・・ 幸田露伴 「幻談」
・・・和主もこれから見参して毎度手柄をあらわしなされよ」「これからはまた新田の力で宮方も勢いを増すでおじゃろ。楠や北畠が絶えたは惜しいが、また二方が世に秀れておじゃるから……」「嬉しいぞや。早う高氏づらの首を斬りかけて世を元弘の昔に復した・・・ 山田美妙 「武蔵野」
出典:青空文庫