・・・大学教授某博士は倫理学上の見地から、蟹の猿を殺したのは復讐の意志に出たものである、復讐は善と称し難いと云った。それから社会主義の某首領は蟹は柿とか握り飯とか云う私有財産を難有がっていたから、臼や蜂や卵なども反動的思想を持っていたのであろう、・・・ 芥川竜之介 「猿蟹合戦」
・・・それゆえ始めの間の論駁には多くの私の言説の不備な点を指摘する批評家が多いようだったが、このごろあれを機縁にして自己の見地を発表する論者が多くなってきた。それは非常によいことだと思う。なぜならばあの問題はもっと徹底的に講究されなければならない・・・ 有島武郎 「想片」
・・・ さらば僕はいかに観音力を念じ、いかに観音の加護を信ずるかというに、由来が執拗なる迷信に執えられた僕であれば、もとよりあるいは玄妙なる哲学的見地に立って、そこに立命の基礎を作り、またあるいは深奥なる宗教的見地に居って、そこに安心の臍を定・・・ 泉鏡花 「おばけずきのいわれ少々と処女作」
・・・ 絵はもう人に売った、と言った。 見知越の仁ならば、知らせて欲い、何処へ行って頼みたい、と祖母が言うと、ちょいちょい見懸ける男だが、この土地のものではねえの。越後へ行く飛脚だによって、脚が疾い。今頃はもう二股を半分越したろう、と小窓・・・ 泉鏡花 「国貞えがく」
・・・温泉で、見知越で、乗合わした男と――いや、その男も実は、はじめて見たなどと話していると、向う側に、革の手鞄と、書もつらしい、袱紗包を上に置いて、腰を掛けていた、土耳古形の毛帽子を被った、棗色の面長で、髯の白い、黒の紋織の被布で、人がらのいい・・・ 泉鏡花 「半島一奇抄」
・・・ すなわち一つは宇宙の生命の法則の見地から見て、かりのきめであって、固執すると無理があるということだ。も一つはたとい多少の無理を含んでいても、進化してきた人間の理想として、男女の結合の精神的、霊的指標として打ち立て、築き守って、行くべき・・・ 倉田百三 「愛の問題(夫婦愛)」
・・・この見地からするとどうやら外米は吾々には自然でなく、栄養上からもよいとは云えないことになりそうだ。しかし、食わずに生きてはいられない。が、なるべく食いたくない。そこで、病気だと云って内地米ばかりを配給して貰う者が出てくる──一度や二度はその・・・ 黒島伝治 「外米と農民」
・・・プロレタリアートは、たゞブルジョアジーを武装解除した後にのみ、その世界史的見地に叛くことなく、あらゆる武器を塵芥の山に投げ棄てることが出来る。そしてプロレタリアートは、また疑いもなく、このことを成遂げるであろう。」と。 新しく入営する青・・・ 黒島伝治 「入営する青年たちは何をなすべきか」
・・・巌本氏は清教徒的の見地から、文学を考えているような人だったから、純文芸に向おうとするものは、意見の合わないような処が出来て来た。星野君の家は日本橋本町四丁目の角にあった砂糖問屋で、男三郎君というシッカリした弟があり、おゆうさんという妹もあり・・・ 島崎藤村 「北村透谷の短き一生」
・・・その上に私のこの希望を正当と思わせるもう一つの見地がある。手工は勿論高等教育を受けるための下地にはならないでも、人間として立つべき地盤を拡げ堅めるために役に立つ。普通学校で第一に仕立てるべきものは未来の官吏、学者、教員、著述家でなくて「人」・・・ 寺田寅彦 「アインシュタインの教育観」
出典:青空文庫