・・・ 鼾は公演場の休憩室の隅にあるソファから聴えていた。 いつ、どこから、どう潜り込んだのか、そのソファの上で、眠っている人間がいるのだ。 宿なしにしては気の利いた寝床だ。洒落ている。洒落ているといえば、宿なしとは見えぬくらい、洒落・・・ 織田作之助 「夜光虫」
・・・そして下宿へも帰れずに公園の中をうろついているとか、またはケチな一夜の歓楽を買おうなどと寒い夜更けに俥にも乗れずに歩いている時とか、そういったような時に、よくその亡霊に出会したというのであった。「……そんな場合の予感はあるね。変にこう身・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・それは岡崎公園にあった博覧会の朝鮮館で友人が買って来たものだった。銀の地に青や赤の七宝がおいてあり、美しい枯れた音がした。人びとのなかでは聞こえなくなり、夜更けの道で鳴り出すそれは、彼の心の象徴のように思えた。 ここでも町は、窓辺から見・・・ 梶井基次郎 「ある心の風景」
・・・ かくて仲善き甲乙の青年は、名ばかり公園の丘を下りて温泉宿へ帰る。日は西に傾いて渓の東の山々は目映ゆきばかり輝いている。まだ炎熱いので甲乙は閉口しながら渓流に沿うた道を上流の方へのぼると、右側の箱根細工を売る店先に一人の男が往来を背にし・・・ 国木田独歩 「恋を恋する人」
・・・少なくとも僕の知恵は今よりも進んでいたかわりに、僕の心はヲーズヲース一巻より高遠にして清新なる詩想を受用しうることができなかっただろうと信ずる。 僕は野山を駆け暮らして、わが幸福なる七年を送った。叔父の家は丘のふもとにあり、近郊には樹林・・・ 国木田独歩 「少年の悲哀」
・・・すべての眺望が高遠、壮大で、かつ優美である。 一同は寒気を防ぐために盛んに焼火をして猟師を待っているとしばらくしてなの字浦の方からたくましい猟犬が十頭ばかり現われてその後に引き続いて六人の猟師が異様な衣裳で登って来る、これこそほんとの山・・・ 国木田独歩 「鹿狩り」
・・・今時分、O市では、中ノ島公園のあの橋をおりて、赤い組合旗と、沢山の労働者が、どん/\集っていることだろうな、と西山は考えた。彼は、むほん気を起して、何か仕出かして見たくなった。百姓が、鍬や鎌をかついで列を作って示威運動をやったらどんなもんだ・・・ 黒島伝治 「鍬と鎌の五月」
・・・ロシアは、それを後援している。「支那人朝鮮人」共産軍がブラゴウェチェンスクから増援隊として出動した。そういう噂が、各中隊にもっぱらとなって来た。「――相手は、支那兵だけではないんである。皆は、決して、油断をしてはいけない! いいか!・・・ 黒島伝治 「チチハルまで」
・・・ 二十九日、市中を散歩するにわずか二年余見ざりしうちに、著しく家列びもよく道路も美しくなり、大町末広町なんどおさおさ東京にも劣るべからず。公園のみは寒気強きところなれば樹木の勢いもよからで、山水の眺めはありながら何となく飽かぬ心地すれど・・・ 幸田露伴 「突貫紀行」
皆さん。浅学不才な私如き者が、皆さんから一場の講演をせよとの御求めを受けましたのは、実に私の光栄とするところでござります。しかし私は至って無器用な者でありまして、有益でもあり、かつ興味もあるというような、気のきいた事を提出・・・ 幸田露伴 「馬琴の小説とその当時の実社会」
出典:青空文庫