・・・ 若し、彼女が、長い航海をしようとでも考えるなら、終いには、船員たちは塩水を飲まなければならない。 何故かって、タンクと海水との間の、彼女のボットムは、動脈硬化症にかかった患者のように、海水が飲料水の部分に浸透して来るからだった。だ・・・ 葉山嘉樹 「労働者の居ない船」
・・・第四、数学 指を屈して物の数を計るをはじめとし、天文・測量・地理・航海・器械製造・商売・会計、ことごとく皆、数学のかかわらざるものなし。かつ数学を知らざる者は、その学識を実用に施すときにあたりて、議論つねに迂闊なり。・・・ 福沢諭吉 「学校の説」
・・・或は市中公会等の席にて旧套の門閥流を通用せしめざるは無論なれども、家に帰れば老人の口碑も聞き細君の愚痴も喧しきがために、残夢まさに醒めんとしてまた間眠するの状なきにあらず。これ等の事情をもって考るに、今の成行きにて事変なければ格別なれども、・・・ 福沢諭吉 「旧藩情」
政治は人の肉体を制するものにして、教育はその心を養うものなり。ゆえに政治の働は急劇にして、教育の効は緩慢なり。例えば一国に農業を興さんとし商売を盛ならしめんとし、あるいは海国にして航海の術を勉めしめんとするときは、その政府・・・ 福沢諭吉 「政事と教育と分離すべし」
・・・固よりいろいろに苦んで居たに違いないけれど、しかしその苦痛の中に前非を後悔するという苦痛のない事はたしかだ。感情的お七に理窟的後悔が起る理由がない。火を付けたのは、しようかせまいかと考えてしたのではなく、恋のためには是非ともしなくてはならぬ・・・ 正岡子規 「恋」
・・・もっとも着物は洋服一枚着たきりで日本服などはない、外套も引っかけたままで寝て居るのである。航海中の無聊は誰も知って居るが、自分のは無聊に心配が加わって居るので、ただ早く日本へ着けば善いと思うばかりで、永き夜の暮し方に困った。時々上の桟敷で茶・・・ 正岡子規 「病」
序ぼくは農学校の三年生になったときから今日まで三年の間のぼくの日誌を公開する。どうせぼくは字も文章も下手だ。ぼくと同じように本気に仕事にかかった人でなかったらこんなもの実に厭な面白くもないものにちがいな・・・ 宮沢賢治 「或る農学生の日誌」
・・・東大でも、伊藤ハンニまがいの山師がでているし、きわめてエクセントリックな性格と生活態度の女子学生が大阪の実家で弟に殺されたという事件があったし、法科の学生が教室でエロティックな映画を公開したというおどろくべきこともありました。女子の学校など・・・ 宮本百合子 「新しい抵抗について」
・・・葉子が自分の死の近いことを知った時、自分の二十六年の生涯を顧みて、それは間違いであった、だが、誰の罪だか分らないけれども後悔がある、出来るだけ生きてる中にそれを償わなければならない、という意味の述懐をしている。そして、木村との関係、倉知との・・・ 宮本百合子 「「或る女」についてのノート」
・・・ひところ、あの映画もこの頃の情勢で公開されないかもしれないなどと言われていたが、ともかく観ることが出来てうれしかった。 ずっと昔、リリアン・ギッシュが主演して大好評であった「ブロークン・ブラッサム」という映画があった。日本のタイトルは何・・・ 宮本百合子 「映画の語る現実」
出典:青空文庫