・・・ こういう新聞広告がなくなっても、芝居やキネマの観客が減る心配はないという事は保証ができる。興行者と常習的観客の間には必ず適当な巧妙な通信機関がいろいろとくふうされるに違いない。 その他の多くの広告はたいてい日刊新聞によらなくてもす・・・ 寺田寅彦 「一つの思考実験」
・・・ この興行には添えものの映画を別にして正味二、三時間の間に三十に近い「景」が展開される。一景平均五分程度という急速なテンポで休止なしに次から次へと演ぜられる舞台や茶番や力技は、それ自身にはほとんど何の意味もないようなものでありながらとも・・・ 寺田寅彦 「マーカス・ショーとレビュー式教育」
・・・何事もすべて小器用にやすやすとし遂げられているこの商工業の都会では、精神的には衰退しつつあるのでなければ幸いだというような気がした。街路は整頓され、洋風の建築は起こされ、郊外は四方に発展して、いたるところの山裾と海辺に、瀟洒な別荘や住宅が新・・・ 徳田秋声 「蒼白い月」
・・・わたくしは政治もしくは商工業に従事する人の趣味については暫く擱いて言わぬであろう。画家文士の如き芸術に従事する人たちが明治の末頃から、祖国の花鳥草木に対して著しく無関心になって来たことを、むしろ不思議となしている。文士が雅号を用いることを好・・・ 永井荷風 「葛飾土産」
・・・ わたくしの知っていた人たちの中で兵火のために命を失ったものは大抵浅草の町中に住み公園の興行ものに関与っていた人ばかりである。 大正十二年の震災にも焼けなかった観世音の御堂さえこの度はわけもなく灰になってしまったほどであるから、火勢・・・ 永井荷風 「草紅葉」
・・・当時我国興行界の事情と、殊にその財力とは西洋オペラの一座を遠く極東の地に招聘し得べきものでないと臆断していたので、突然此事を聞き知った時のわたくしの驚愕は、欧洲戦乱の報を新聞紙上に見た時よりも遥に甚しきものがあった。 五年間に渉った欧洲・・・ 永井荷風 「帝国劇場のオペラ」
・・・但し帝国劇場はこの時既に興行十年の星霜を経ていた。 わたしはこの劇場のなおいまだ竣成せられなかった時、恐らくは当時『三田文学』を編輯していた故であろう。文壇の諸先輩と共に帝国ホテルに開かれた劇場の晩餐会に招飲せられたことがあった。尋でそ・・・ 永井荷風 「十日の菊」
一 枇杷の実は熟して百合の花は既に散り、昼も蚊の鳴く植込の蔭には、七度も色を変えるという盛りの長い紫陽花の花さえ早や萎れてしまった。梅雨が過ぎて盆芝居の興行も千秋楽に近づくと誰も彼も避暑に行く。郷里へ帰る。そして炎暑の明い寂寞が・・・ 永井荷風 「夏の町」
・・・ 私は妙な性質で、寄席興行その他娯楽を目的とする場所へ行って坐っていると、その間に一種荒涼な感じが起るんです。左右前後の綺羅が頭の中へ反映して、心理学にいわゆる反照聯想を起すためかとも思いますが、全くそうでもないらしいです。あんな場所で・・・ 夏目漱石 「虚子君へ」
・・・何だか雲右衛門か何かが興行のため乗り込んだようである。社の方から云えばあの方がよいのでしょうが、夏目漱石氏から云えばああ曝しものになるのはあまりありがたくない。なお車の上で観察すると往来の幅がはなはだ狭い。がそれは問題ではない、私の妙に感じ・・・ 夏目漱石 「中味と形式」
出典:青空文庫