・・・ もし、まだ片のつかないものがあるとすれば、それは一党四十七人に対する、公儀の御沙汰だけである。が、その御沙汰があるのも、いずれ遠い事ではないのに違いない。そうだ。すべては行く処へ行きついた。それも単に、復讐の挙が成就したと云うばかりで・・・ 芥川竜之介 「或日の大石内蔵助」
・・・新学期の講義の始まるのにも、もうあまり時間はない。そう思うと、いくら都踊りや保津川下りに未練があっても、便々と東山を眺めて、日を暮しているのは、気が咎める。本間さんはとうとう思い切って、雨が降るのに荷拵えが出来ると、俵屋の玄関から俥を駆って・・・ 芥川竜之介 「西郷隆盛」
・・・鷹には公儀より御拝領の富士司の大逸物を始め、大鷹二基、はやぶさ二基をたずさえさせ給う。富士司の御鷹匠は相本喜左衛門と云うものなりしが、其日は上様御自身に富士司を合さんとし給うに、雨上りの畦道のことなれば、思わず御足もとの狂いしとたん、御鷹は・・・ 芥川竜之介 「三右衛門の罪」
・・・博士に化けた Mephistopheles は或大学の講壇に批評学の講義をしていた。尤もこの批評学は Kant の Kritik や何かではない。只如何に小説や戯曲の批評をするかと言う学問である。「諸君、先週わたしの申し上げた所は御理解・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・ 僕の感想文に対してまっ先に抗議を与えられたのは広津和郎氏と中村星湖氏とであったと記憶する。中村氏に対しては格別答弁はしなかったが、広津氏に対してはすぐに答えておいた。その後になって現われた批評には堺利彦氏と片山伸氏とのがある。また三上・・・ 有島武郎 「片信」
・・・そうして彼が教育家としてなしうる仕事は、リーダーの一から五までを一生繰返すか、あるいはその他の学科のどれもごく初歩のところを毎日毎日死ぬまで講義するだけの事である。もしそれ以外の事をなさむとすれば、彼はもう教育界にいることができないのである・・・ 石川啄木 「時代閉塞の現状」
・・・同じ町内の交誼で椿岳は扇面亭の主人とはいたって心易く交際っていて、こういう便宜があったにもかかわらず、かつて一度も書画会を開いた事がなかった。 尤も椿岳は富有の商家の旦那であって、画師の名を売る必要はなかったのだ。が、その頃に限らず富が・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・ それにしてもYを心から悔悛めさせて、切めては世間並の真人間にしなければ沼南の高誼に対して済まぬから、年長者の義務としても門生でも何でもなくても日頃親しく出入する由縁から十分訓誡して目を覚まさしてやろうと思い、一つはYを四角四面の謹厳一・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
・・・これも私は丁度同時にバージーンの修辞学を或る外国人から授かって、始終講義を聞いていた故、確かにその一部をバージーンから得たらしき『小説神髄』を余りに驚かなかったが、シカシ例証として日本の作物を挙げて論じられた処は面白くも読みかつまたお庇で蒙・・・ 内田魯庵 「明治の文学の開拓者」
古来例のない、非常な、この出来事には、左の通りの短い行掛りがある。 ロシアの医科大学の女学生が、ある晩の事、何の学科やらの、高尚な講義を聞いて、下宿へ帰って見ると、卓の上にこんな手紙があった。宛名も何も書いてない。「あなたの御関係・・・ 著:オイレンベルクヘルベルト 訳:森鴎外 「女の決闘」
出典:青空文庫