・・・もし書いて頂ければ、大いに新聞に広告しますよ。「堀川氏の筆に成れる、哀婉極りなき恋愛小説」とか何とか広告しますよ。 保吉 「哀婉極りなき」? しかし僕の小説は「恋愛は至上なり」と云うのですよ。 主筆 すると恋愛の讃美ですね。それはい・・・ 芥川竜之介 「或恋愛小説」
・・・茶の間には長火鉢の上の柱に、ある毛糸屋の広告を兼ねた、大きな日暦が懸っている。――そこに髪を切った浅川の叔母が、しきりと耳掻きを使いながら、忘れられたように坐っていた。それが洋一の足音を聞くと、やはり耳掻きを当てがったまま、始終爛れている眼・・・ 芥川竜之介 「お律と子等と」
・・・「皇国の興廃この一挙にあり」云々の信号を掲げたということはおそらくはいかなる戦争文学よりもいっそう詩的な出来事だったであろう。しかし僕は十年ののち、海軍機関学校の理髪師に頭を刈ってもらいながら、彼もまた日露の戦役に「朝日」の水兵だった関・・・ 芥川竜之介 「追憶」
・・・とは電車の車内広告でよく見た「食うべきビール」という言葉から思いついて、かりに名づけたまでである。 謂う心は、両足を地面に喰っつけていて歌う詩ということである。実人生と何らの間隔なき心持をもって歌う詩ということである。珍味ないしはご馳走・・・ 石川啄木 「弓町より」
・・・一人の少い方は、洋傘を片手に、片手は、はたはたと扇子を使い使い来るが、扇子面に広告の描いてないのが可訝いくらい、何のためか知らず、絞の扱帯の背に漢竹の節を詰めた、杖だか、鞭だか、朱の総のついた奴をすくりと刺している。 年倍なる兀頭は、紐・・・ 泉鏡花 「瓜の涙」
・・・九段第一、否、皇国一の見世物小屋へ入った、その過般の時のように。 しかし、細目に開けた、大革鞄の、それも、わずかに口許ばかりで、彼が取出したのは一冊赤表紙の旅行案内。五十三次、木曾街道に縁のない事はないが。 それを熟と、酒も飲まずに・・・ 泉鏡花 「革鞄の怪」
・・・樹から湧こうが、葉から降ろうが、四人の赤い子供を連れた、その意匠、右の趣向の、ちんどん屋……と奥筋でも称うるかどうかは知らない、一種広告隊の、林道を穿って、赤五点、赤長短、赤大小、点々として顕われたものであろう、と思ったと言うのである。・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・納め手拭はいつ頃から初まったか知らぬが、少くも喜兵衛は最も早く率先して盛んにこれを広告に応用した最初の一人であった。 さらぬだに淡島屋の名は美くしい錦絵のような袋で広まっていたから、淡島屋の軽焼は江戸一だという評判が益々高くなって、大名・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・其間に広告屋が来る。呉服屋が来る。家具屋が来る。瓦斯会社が来る。交換局が来る。保険会社が来る。麦酒の箱が積まれる。薦被りが転がり込む。鮨や麺麭や菓子や煎餅が間断なしに持込まれて、代る/″\に箱が開いたかと思うと咄嗟に空になった了った。 ・・・ 内田魯庵 「灰燼十万巻」
私は、蔵書というものを持ちませんが、新聞や、雑誌の広告に注意して、最新の出版でこれは読んで見たいなと思うものがあると求めるのがありますが、旧いものは、これは何々文庫というような廉価本で用を達しています。読んでしまえば、それでいゝような・・・ 小川未明 「書を愛して書を持たず」
出典:青空文庫