・・・どんな内容にしろ、教義問答のようなものが出来れば、人物考査の本質は損われるのだろう。 内申には同点が多すぎる。最後の一点は体力で、と一粒ハリバの広告がこの頃電車に貼られているのを見て、それを新しい日本のほこりと思う人があるだろうか。商売・・・ 宮本百合子 「新入生」
・・・或日、交叉点よりの本屋によった。丁度、仕入れして来たばかりの主人が、しきりに、いろんな本を帳場に坐っている粋なおかみさんにしまわせている。「こんなのもいい本だが、何しろこう少なくちゃ仕様がない」 主人は、本やというよりもむしろ呉服屋・・・ 宮本百合子 「「青眉抄」について」
・・・政府のこしらえている特別考査委員会というものは、その委員会での討論ぶりを見てもわかるように、特別な考慮のための委員会の本質をもっているから、政党としての共産党は、その応答ぶりにおいて、必ずしもいつもわたしたちの希望するだけ率直ではあり得ない・・・ 宮本百合子 「それに偽りがないならば」
・・・ よりよく生きるため、より美しく平和に伸びるために必要な積極政策は圧しつけて、一方では考査特別委員会、非日委員会、新聞用紙割当改正、更にあらゆる方法での買収を可能にするような選挙法改正と、多数をたのむいまの政府のねらいどころはどこに向っ・・・ 宮本百合子 「平和をわれらに」
・・・ * * * 電灯の明るく照っている、ホテルの広間に這入ったとき、己は粗い格子の縞羅紗のジャケツとずぼんとを着た男の、長い脚を交叉させて、安楽椅子に仰向けに寝たように腰を掛けて・・・ 森鴎外 「沈黙の塔」
・・・小川町の方へ歩いて行く間も、なお論じ続けた。日ごろになく木下が興奮しているように思えた。小川町の交叉点で――たしかそこで別れたように思うが――木下は腹立たしい心持ちを言葉に響かせてこう言った。 ――結局僕が Genumensch で、君・・・ 和辻哲郎 「享楽人」
・・・先生にとっては、最も重大なことはただ黙々の内に、瞳と瞳との一瞬の交叉の内に通ぜらるべきであった。従って先生は対話の場合かなり無遠慮に露骨に突っ込んで来るにかかわらず、問題が自分なり相手なりの深みに触れて来ると、すぐに言葉を転じてしまう。そう・・・ 和辻哲郎 「夏目先生の追憶」
出典:青空文庫