・・・文芸上の作物は巧いにしろ拙いにしろ、それがそれだけで完了してると云う点に於て、人生の交渉は歴史上の事柄と同じく間接だ、とか何んとか。それはまあどうでも可いが、とにかくおれは今後無責任を君の特権として認めて置く。特待生だよ。A 許してくれ・・・ 石川啄木 「一利己主義者と友人との対話」
・・・という交渉が来たということである。これは巌谷さんの所へ言って来たのであるが、先生は、泉も始めて書くのにそれでは可憫そうだという。慈悲心で黙って書かしてくだすったのであるという。それが絵ごとそっくり田舎の北国新聞に出ている。即ち僕が「冠弥左衛・・・ 泉鏡花 「おばけずきのいわれ少々と処女作」
・・・ 内端に、品よく、高尚と云おう。 前挿、中挿、鼈甲の照りの美しい、華奢な姿に重そうなその櫛笄に対しても、のん気に婀娜だなどと云ってはなるまい。 四 一目見ても知れる、濃い紫の紋着で、白襟、緋の長襦袢。水の・・・ 泉鏡花 「革鞄の怪」
・・・……もの案じに声も曇るよ、と思うと、その人は、たけだちよく、高尚に、すらりと立った。――この時、日月を外にして、その丘に、気高く立ったのは、その人ただ一人であった。草に縋って泣いた虫が、いまは堪らず蟋蟀のように飛出すと、するすると絹の音、颯・・・ 泉鏡花 「小春の狐」
・・・ 聞けば、向う岸の、むら萩に庵の見える、船主の料理屋にはもう交渉済で、二人は慰みに、これから漕出そうとする処だった。……お前さんに漕げるかい、と覚束なさに念を押すと、浅くて棹が届くのだから仔細ない。ただ、一ケ所底の知れない深水の穴がある・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・ 金岡の萩の馬、飛騨の工匠の竜までもなく、電燈を消して、雪洞の影に見参らす雛の顔は、実際、唯瞻れば瞬きして、やがて打微笑む。人の悪い官女のじろりと横目で見るのがある。――壇の下に寝ていると、雛の話声が聞える、と小児の時に聞いたのを、私は・・・ 泉鏡花 「雛がたり」
・・・(巻初に記して一粲に供した俗謡には、二三行、…………………………………… 脱落があるらしい、お米が口誦を憚「いやですわね、おじさん、蝶々や、蜻蛉は、あれは衣服を着ているでしょうか。――人目しのぶと思えども・・・ 泉鏡花 「縷紅新草」
・・・うは抑も如何なる訳か、今世の有識社会は、学問智識に乏しからず、何でも能く解って居るので、口巧者に趣味とか詩とか、或は理想といい美術的といい、美術生活などと、それは見事に物を言うけれど、其平生の趣味好尚如何と見ると、実に浅薄下劣寧ろ気の毒・・・ 伊藤左千夫 「茶の湯の手帳」
・・・行を極めているらしいが、予は決してそれを悪いとは云わねど、此の如き事に熱心なる人々に、今一歩考を進められたき希望に堪えないのである、単に美食の娯楽を満足せしむることに傾いては、家庭問題社会問題との交渉がない訳になる、勿論弦斎などの食道楽・・・ 伊藤左千夫 「茶の湯の手帳」
・・・その生涯はいかにも高尚である、典雅である、純潔である。僕が家庭の面倒や、女の関係や、またそういうことに附随して来るさまざまの苦痛と疲労とを考えれば、いッそのこと、レオナドのように、独身で、高潔に通した方が幸福であったかと、何となく懐かしいよ・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
出典:青空文庫