・・・それを勝手に出版屋の方で削除するというのはいささか無法のことでもあり、またそれが世間当然のことだとしても、もっぱらその交渉の任に当っている笹川に、今までにその事が全然分らずにいるというのがおかしい。……彼はいわゆる作家風々主義で、万事がお他・・・ 葛西善蔵 「遁走」
・・・友はまた京都にいた時代、電車の窓と窓がすれちがうとき「あちらの第何番目の窓にいる娘が今度自分の生活に交渉を持って来るのだ」とその番号を心のなかで極め、託宣を聴くような気持ですれちがうのを待っていた――そんなことをした時もあったとその日云って・・・ 梶井基次郎 「橡の花」
・・・敷地の買上、その代価の交渉、受負師との掛引、割当てた寄附金の取立、現金の始末まで自分に為せられるので、自然と算盤が机の上に置れ通し。持前の性分、間に合わして置くことが出来ず、朝から寝るまで心配の絶えないところへ、母と妹とが堕落の件。殊に又ぞ・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・かれはただそわそわして少しも落ちつかないで、その視線を絶えず自分の目から避けて、時々『あはははは』と大声に笑った、しかし七年前の哄笑とはまるで違っていた。 命じて置いた酒が出ると、『いや僕はもう飲んで来た、沢山沢山。』かれは自ら欺いた。・・・ 国木田独歩 「まぼろし」
・・・ハートゥレイによれば道徳的情操は、他の高尚な諸感情とともに、感覚に伴う快、不快の念から連想作用によって発生したものである。彼は同情も、仁愛も利己的な快、不快の感から導き出した。初めは快、不快な結果を好悪する心から徳、不徳を好悪したのだが、広・・・ 倉田百三 「学生と教養」
一 女性と信仰 男子は傷をこしらえることで人間の文明に貢献するけれども、婦人はもっと高尚なことで、すなわち傷をくくることで社会の進歩に奉仕するといった有名な哲人がある。この人間の文化の傷を繃帯するということ・・・ 倉田百三 「女性の諸問題」
・・・ 敷地買収の交渉が来た。 一畝、十二円六十銭で買った畠を、坪、二円三十銭で切り出して来た。一畝なら、六十九円となる訳だ。 親爺は、自家に作りたい畠だと云って、売り惜んだ。 坪、二円九十銭にせり上った。 親爺は、地味がいゝ・・・ 黒島伝治 「浮動する地価」
・・・発掘さるるを厭って曹操は多くの偽塚を造って置いたなどということは、近頃の考証でそうではないと分明したが、王安石などさえ偽塚の伝説を信じて詩を作ったりしていたところを見ると、伐墓の事は随分めずらしいことでなかったことが思われる。支那の古俗では・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・ 骨董いじりは実にオツである、イキである、おもしろいに違いない、高尚に違いない、そして有意義に違いない、そして場合によっては個人のため社会のためになる事もあるに違いない。自分なぞも資産家でさえあればきっとすばらしい贋物や贋筆を買込で大ニ・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・人間に分らないくらい高尚幽玄の論だから気を静めて聞玉えよ。よしカネ、まず我輩が宇宙を貫ぬく大真理を発見した履歴を話そうよ。僕がネ幼少の時にフト感じた事があるのサ。実にネ、大発明というものはつまらない所から起るもので、僕の大真理は道から出たの・・・ 幸田露伴 「ねじくり博士」
出典:青空文庫