・・・姉のは黄色く妹のは紅色のりぼんがまた同じようにひらひらと風になびく。予は後から二児の姿を見つつ、父という感念がいまさらのように、しみじみと身にこたえる。「お父さんあれ家だろう。あたいおぼえてるよ」「あたいだって知ってら、うれしいなァ・・・ 伊藤左千夫 「紅黄録」
・・・秋のころには、そこに植わっている桜の木が、黄色になって、はらはらと葉がちりかかりました。そして、年子は、先生の姿を見つけると、ご本の赤いふろしき包みを打ち振るようにして駆け出したものです。「あまり遅いから、どうなさったのかと思って待って・・・ 小川未明 「青い星の国へ」
・・・ 赤い花、白い花、紫の花、青い花、そして黄色な花もありました。 夕空に輝く星のように、また、海から上がったさまざまの貝がらのように、それらの花は美しく咲いていました。 二郎は、ぼんやりと立ってながめていますと、その中の、いちばん・・・ 小川未明 「赤い船のお客」
・・・中にも、うす紅色のコスモスの花がみごとでした。縁側の日当たりに、十ばかりの少女が、すわって、兄さんの帰るのを待っていました。その子は、病気と思われるほど、やせていました。しかし、目は、ぱっちりとして、黒く大きかったのでした。 兄さんは、・・・ 小川未明 「少年と秋の日」
・・・ 溺死人、海水浴、入浴、海女……そしてもっと好色的な意味で、裸体というものは一体に「濡れる」という感覚を聯想させるものだが、たしかにこの際の雨は、その娘の一糸もまとわぬ姿を、一層なまなましく……というより痛々しく見せるのに効果があった。・・・ 織田作之助 「夜光虫」
・・・紅の葉、黄色の葉、大小さまざまの木の葉はたちまち木陰より走りいでてまた木陰にかくれ走りつ。たちまち浮かびたちまち沈み、回転りつ、ためらいつす。かれは一つを見送りつまた一つを迎え、小なるを見失いては大なるをまてり。かれが心のはげしき戦いは昨夜・・・ 国木田独歩 「わかれ」
・・・ 白い曠野に、散り散りに横たわっている黄色の肉体は、埋められて行った。雪は降った上に降り積った。倒れた兵士は、雪に蔽われ、暫らくするうちに、背嚢も、靴も、軍帽も、すべて雪の下にかくれて、彼等が横たわっている痕跡は、すっかり分らなくなって・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・井村は鼻から口を手拭いでしばり、眼鏡をかけていた。黄色ッぽい長い湿った石のほこりは、長くのばした髪や、眉、まつげにいっぱいまぶれついていた。 汚れた一枚のシャツの背には、地図のように汗がにじんでいた。そして、その地図の区域は次第に拡大し・・・ 黒島伝治 「土鼠と落盤」
・・・酒の廻りしため面に紅色さしたるが、一体醜からぬ上年齢も葉桜の匂無くなりしというまでならねば、女振り十段も先刻より上りて婀娜ッぽいいい年増なり。「そう悪く取っちゃあいけねエ。そんなら実の事を云おうか、実はナ。「アアどうするッてエの。・・・ 幸田露伴 「貧乏」
・・・燐みを乞う切ない眼の潤み、若い女の心の張った時の常の血の上った頬の紅色、誰が見てもいじらしいものであった。「どうぞ、然様いう訳でございますれば、……の御帰りになりまする前までに、こなた様の御力を以て其品を御取返し下さいまするよう。」・・・ 幸田露伴 「雪たたき」
出典:青空文庫