・・・居にありながら まだ旅心失せぬ悲しさなめげなる北風に裾吹かせつゝ 野路をあゆめば都恋しやらちもなく風情もなくてはゞびろに 横たはれるも村道なれば三春富士紅色に暮れ行けば 裾の村々紫に浮・・・ 宮本百合子 「旅へ出て」
・・・住吉の社頭で大矢数一昼夜に二万三千五百句を吐いた西鶴が、そのような早口俳諧をもってする風俗描写の練達から自然散文の世界に入って、浮世草子「好色一代男」などを書き始めた必然の過程は、人生と芸術への疑いにみたされていた桃青にどのような感想を与え・・・ 宮本百合子 「芭蕉について」
・・・なかでもウェルビツカヤが女で好色の文学をかくことで有名だった。 文化は依然として、支配階級の手の中にあった。 メレジュコフスキーの妻であったギッピウスは、フランス文学のデカダンスの影響をうけ、革命からはなれて、前途に何の見とおしもな・・・ 宮本百合子 「プロレタリア婦人作家と文化活動の問題」
・・・丁度その塊雲の下と思われる地点へさしかかると、急に船は暗い紅色の帆をあげて走って来るように見えた。それは真先ので、次の船の帆は、オリーヴ色に変色した。最後に来る一つは濡れて光る鼠色の布地を帆に張りあげているようだ。 他に船はない。 ・・・ 宮本百合子 「帆」
・・・ 真直な大きい鼻のついた紅色の顔に、碧色を帯びた眼が厳格に光っている、背の高い、いかにも美しい一人の漁師が崖下の船着きへ下りて来た。声高く優しく云った。「よくおいでやした」 このイゾートはロマーシに対して親切に、配慮ぶかく、保護・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
・・・水色の交織の事務服が大きすぎるので深い肩揚げのついたのを着た娘さんたちも歩いている。 そこから、次の用件で芝の方へ行ったら、増上寺前のプールの外の日除けの下に少年少女の密集があった。超満員のプールがあいて自分たちの番の来るのを待っている・・・ 宮本百合子 「列のこころ」
・・・それと同様、広い庭先は種々雑多の車が入り乱れている――大八車、がたくり馬車、そのほか名も知れぬ車の泥にまみれて黄色になっているのもある。 中食の卓とちょうど反対のところに、大きな炉があって、火がさかんに燃えていて、卓の右側に座っている人・・・ 著:モーパッサン ギ・ド 訳:国木田独歩 「糸くず」
・・・燈心に花が咲いて薄暗くなった、橙黄色の火が、黎明の窓の明りと、等分に部屋を領している。夜具はもう夜具葛籠にしまってある。 障子の外に人のけはいがした。「申し。お宅から急用のお手紙が参りました」「お前は誰だい」「お表の小使でござい・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
・・・疏水の両側の角刈にされた枳殻の厚い垣には、黄色な実が成ってその実をもぎ取る手に棘が刺さった。枳殻のまばらな裾から帆をあげた舟の出入する運河の河口が見えたりした。そしてその方向から朝日が昇って来ては帆を染めると、喇叭のひびきが聞えて来た。私は・・・ 横光利一 「洋灯」
・・・花びらのとがった先だけが紅色に薄くぼかされていて、あとの大部分は白色である。この手の花が最も普通であったように思う。しかし舟が、葉や花を水に押し沈めながら進んで行くうちに、何となく周囲の様子が変わってくる。いつの間にか底紅の花の群落へ突入し・・・ 和辻哲郎 「巨椋池の蓮」
出典:青空文庫