・・・絨緞を織る工場の女工なんぞが通り掛かって、あの人達は木の下で何をしているのだろうと云って、驚いて見ていました。」 暑い夏も過ぎた。秀麿はお母あ様に、「ベルリンではこんな日にどうしているの」と問われて、暫く頭を傾けていたが、とうとう笑いな・・・ 森鴎外 「かのように」
・・・と、茶番めいた口上を言った。親戚は笑い興じて、只一人打ち萎れているりよを促し立てて帰った。 寺に一夜寝て、二十九日の朝三人は旅に立った。文吉は荷物を負って一歩跡を附いて行く。亀蔵が奉公前にいたと云うのをたよりにして、最初上野国高崎をさし・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
・・・と云う口上であった。 今年の暮には、西丸にいた大納言家慶と有栖川職仁親王の女楽宮との婚儀などがあったので、頂戴物をする人数が例年よりも多かったが、宮重の隠居所の婆あさんに銀十枚を下さったのだけは、異数として世間に評判せられた。 これ・・・ 森鴎外 「じいさんばあさん」
・・・と冒頭を置いて、口上めいた挨拶をした。段々準備が手おくれになって済まないが、並の飯の方を好む人は、もう折詰の支度もしてあるから、別間の方へ来て貰いたいと云う事であった。一同鮓を食って茶を飲んだ。僕には蔀君が半紙に取り分けて、持って来てくれた・・・ 森鴎外 「百物語」
・・・芸者の口上はこうであった。自分は向側の座敷に、大勢来て泊っている芸者の中の一人である。この土地の生れで、兄が一人あった。それが家出をして行方が知れずにいる。然るに先刻向側からあなたを見て、すぐにその兄だと思った。分れてからだいぶ年が立ったが・・・ 森鴎外 「二人の友」
・・・とうとうノイペスト製糸工場の前に出た。ツォウォツキイは工場で「こちらで働いていました後家のツァウォツキイと申すものは、ただ今どこに住まっていますでしょうか」と問うた。 住まいは分かった。ツァウォツキイはまた歩き出した。 ユリアは労働・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「破落戸の昇天」
・・・そうでなければ次ぎの進歩が分りかねるからであるが、昨年の夏、総持寺の管長の秋野孝道氏の禅の講話というのをふと見ていると、向上ということには進歩と退歩の二つがあって、進歩することだけでは向上にはならず、退歩を半面でしていなければ真の向上とはい・・・ 横光利一 「作家の生活」
・・・僕らの工場をお見せしますから。」「いや、そんな所を見せて貰っても、僕には分らないし、知らない方がいいですよ。あなたにこれでお訊ねしたいことが沢山あるが、もう全部やめです。それより、アインシュタインの間違いって、それは何んですか。」「・・・ 横光利一 「微笑」
・・・すべての開展や向上が、それから可能になって来るのです。 この「教養」は青春の歓楽を味わいつくす態度や、厳粛に自己を鞭うって行こうとする態度と必ずしも相容れないものではありません。人それぞれにその素質に従って、いずれの態度をとる事もできる・・・ 和辻哲郎 「すべての芽を培え」
・・・ 今度の世界戦争は恐らく Menschheit の向上に何ら貢献するところがないだろう。物質主義はますます勢力を得るに相違ない。しかし断然たる反動は必ず起こらねばならぬ。我々は第二の Renaissance を期待する。新しい価値、自由・・・ 和辻哲郎 「「ゼエレン・キェルケゴオル」序」
出典:青空文庫