・・・そんなとき両者を比較して多少の興を覚えるように案配したわけである、などと、これではまるで大道の薬売りの口上にまさる露骨な広告だ。もう、やめる。さすがの鉄仮面も熱くなって来た。他の話をしよう。なにせ、Dって野郎もたいしたものだよ。二三年前に逢・・・ 太宰治 「鉄面皮」
・・・それに、君の亭主は、気が弱くて、街頭に出て、あの、いんちきの万年筆を、あやしげの口上でのべて売っているのだが、なにせ気の弱い、甘えっ子だから、こないだも、泉法寺の縁日で、万年筆のれいの口上、この万年筆、今回とくべつを以て皆さんに、会社の宣伝・・・ 太宰治 「春の盗賊」
・・・との秘めたる交情も、不逞の私の、虚構である。それは、私に於ては、ゆるがぬ真実ではあっても、「葛原勾当日記」原本に於ては、必ずしも、事実で無い。はっきりした言いかたをするなら、それは、作家の、ひとりよがりの、早合点に過ぎぬだろう。けれども私は・・・ 太宰治 「盲人独笑」
・・・そこで一旦君僕で話をした人に、跡で改まった口上も使いにくい。とうとう誰彼となく君僕で話す。先方がそれに応ずると否とは、勝手である。竜騎兵中尉はこの返事をして間もなく、「そんなら」と云って、別れそうにした。「どこへ行く。」「内へ帰る。・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・左は角筈の工場の幾棟、細い煙筒からはもう労働に取りかかった朝の煙がくろく低く靡いている。晴れた空には林を越して電信柱が頭だけ見える。 男はてくてくと歩いていく。 田畝を越すと、二間幅の石ころ道、柴垣、樫垣、要垣、その絶え間絶え間にガ・・・ 田山花袋 「少女病」
・・・単に素養が増し智能が増すという『量的』の前提から、天才が増すというような『質的』の向上を結論するのは少し無理ではないか。」こう云った時にアインシュタインの顔が稲妻のようにちょっとひきつったので、何か皮肉が出るなと思っていると、果して「自然が・・・ 寺田寅彦 「アインシュタインの教育観」
・・・動力工場の成り立ち、機関車、新聞紙、書籍、色刷挿画はどうして作られるか、発電所、ガラス工場、ガス製造所にはどんなものがあるか。こんな事はわずかの時間で印象深く観せる事が出来る。更に自然科学の方面で、普通の学校などでは到底やって見せられないよ・・・ 寺田寅彦 「アインシュタインの教育観」
・・・それが毎日同じ事を繰り返している間にあらゆる興味は蒸発してしまって、すっかり口上を暗記するころには、品物自身はもう頭の中から消えてなくなる。残るものはただ「言葉」だけになる。目はその言葉におおわれて「物」を見なくなる。そうして丹波の山奥から・・・ 寺田寅彦 「案内者」
・・・堕落か、向上か。どちだか分らない。三月十四日 ペンで細字で考え考え書いてしまったのを懐にして表のポストに入れに出た。そして今書いた事を心でもう一遍繰り返しながら、これを読んだ時に黒田の苦い顔に浮ぶべき微笑を胸に描いた。・・・ 寺田寅彦 「イタリア人」
・・・またたとえば芭蕉は時鳥の声により、漱石は杭打つ音によって広々とした江上の空間を描写した。「咳声の隣はちかき縁づたい」に「添えばそうほどこくめんな顔」は非同時性モンタージュであり、カメラの回転追跡である。こういう例をあげれば際限はない。他日適・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
出典:青空文庫