・・・ 友だちといっしょに酒を飲んだりする時には、どうかすると元気がよくて、いつになく高談放語したり、郷里の昔の武士の歌った俗謡をどなったりする事もあったそうであるが、これはどうもやはり亮のおもな本性ではなかったように私には思われる。ただもう・・・ 寺田寅彦 「亮の追憶」
・・・ 四カ月ほど小田原の病院にいる間読んだものは、まず講談筆記と馬琴の小説に限られていたといってもよい。しかし後年芝居を見るようになってから、講談筆記で覚えた話の筋道は非常に役に立った。 東京の家からは英語の教科書に使われていたラムの『・・・ 永井荷風 「十六、七のころ」
友の来って誘うものあれば、わたくしは今猶向島の百花園に遊ぶことを辞さない。是恰も一老夫のたまたま夕刊新聞を手にするや、倦まずして講談筆記の赤穂義士伝の如きものを読むに似ているとでも謂うべきであろう。老人は眼鏡の力を借りて紙・・・ 永井荷風 「百花園」
・・・悲しくもないのに泣いたり、嬉しくもないのに笑ったり、腹も立たないのに怒ったり、こんな講壇の上などに立ってあなた方から偉く見られようとしたりするので――これは或程度まで成功します。これは一種の art である。art と人間の間には距離を生じ・・・ 夏目漱石 「無題」
・・・かりに今日、坊間の一男子が奇言を吐くか、または講談師の席上に弁じたる一論が、偶然にも古聖賢の旨にかなうとするも、天下にその言論を信ずる者なかるべし。如何となれば、その言の尊からざるに非ざれども、徳義上にその人を信ずるに足らざればなり。 ・・・ 福沢諭吉 「読倫理教科書」
・・・ああ、昔の女侠客はそういう場合どうしたか、私も講談で知ってはいる。勇ましく体をつき出し、こうたんかを切るのだ。「お前さんも恨があるというからには、頼んだところで、おいそれと聞いてはくれまい。けれども、私も一旦おうと引受て、かくまったから・・・ 宮本百合子 「田舎風なヒューモレスク」
・・・ 松の助は、古い講談をする様にお節に話した中には、こんな事もあった。 気がまぎれないのでいろいろの事に思いふけって、「お君もほんに、一気な事をせん様に云うてやらんけりゃあなあ、 あのお金はんに、いびり殺されて仕舞う。・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
・・・細工ものの箱に役者の絵はがきに講談本のあるはずの室には、壁一っぱいに地獄の絵がはりつけてあり畳の上には古い虫ばんだ黄表紙だの美くしい新□(ものが散らばってまっかにぬった箱の中には勝れた羽色をもった蝶が針にさされて入って居た。 そんな事も・・・ 宮本百合子 「お女郎蜘蛛」
・・・ 大衆というものを、文化においても創造的能力より消費的面において見る、つまり『キング』と浪花節と講談、猥談をこのむものとしてだけ見て、しかもそういう大衆の中には種々な社会層の相異があり、その相異から生じる利害の相異もまたあるという現実を・・・ 宮本百合子 「今日の文学に求められているヒューマニズム」
・・・大衆の生活に入りこんでいる最低の文化水準としての講談本、或は作者の好む色どりと夥しい架空的な偶然と客観的でない社会性とによって、忠実の一面を抹殺され勝な大衆髷物小説から、読者にただそれが歴史上の事実であるばかりでなく、社会的現実の錯綜の観か・・・ 宮本百合子 「今日の文学の展望」
出典:青空文庫