・・・空想から現実の世界へ踏み込んで、功名心にかられて懸命に努力し、あくせくしていた。そうして亮の学校をなまける心持ちには共鳴し難くなっていた。私の目から見るとただ自分の心の中へ中へと引っ込んで行く亮を、どうでも引き立てて外側へ向け直してやる事が・・・ 寺田寅彦 「亮の追憶」
・・・人間が懺悔して赤裸々として立つ時、社会が旧習をかなぐり落して天地間に素裸で立つ時、その雄大光明な心地は実に何ともいえぬのである。明治初年の日本は実にこの初々しい解脱の時代で、着ぶくれていた着物を一枚剥ねぬぎ、二枚剥ねぬぎ、しだいに裸になって・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
・・・自分より豪いもの自分より高いものを望む如く、現在よりも将来に光明を発見せんとするものである。以上述べた如くローマンチシズムの思想即ち一の理想主義の流れは、永久に変ることなく、深く人心の奥底に永き生命を有しているものであります。従ってローマン・・・ 夏目漱石 「教育と文芸」
・・・余は元来呑気なだけに正直なところ、功名心には冷淡な男である。死ぬとしても別に思い置く事はない。別に思い置く事はないが死ぬのは非常に厭だ、どうしても死にたくない。死ぬのはこれほどいやな者かなと始めて覚ったように思う。雨はだんだん密になるので外・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
・・・のの、ままにならぬは浮世の習、容易にそっちの方角へ曲らない、道幅三分の二も来た頃、やっとの思でハンドルをギューッと捩ったら、自転車は九十度の角度を一どきに廻ってしまった、その急廻転のために思いがけなき功名を博し得たと云う御話しは、明日の前講・・・ 夏目漱石 「自転車日記」
・・・それらを除いた上でこの二種類の文学を見渡して見ると浪漫主義の文学にあってはその中に出てくる人物の行為心術が我々より偉大であるとか、公明であるとか、あるいは感激性に富んでいるとかの点において、読者が倫理的に向上遷善の刺戟を受けるのがその特色に・・・ 夏目漱石 「文芸と道徳」
・・・そうして単にその説明だけでも日本の文壇には一道の光明を投げ与える事ができる。――こう私はその時始めて悟ったのでした。はなはだ遅まきの話で慚愧の至でありますけれども、事実だから偽らないところを申し上げるのです。 私はそれから文芸に対する自・・・ 夏目漱石 「私の個人主義」
・・・不思議にも、その小さい物が、この闇夜に漏れて来る一切の光明を、ことごとく吸収して、またことごとく反射するようである。 爺いさんは云った。「なんだか知っているかい。これは青金剛石と云う物だ。世界に二つと無い物で、もう盗まれてから大ぶの年が・・・ 著:ブウテフレデリック 訳:森鴎外 「橋の下」
・・・れを再演するなかれとの意を示して、断然政府の寵遇を辞し、官爵を棄て利禄を抛ち、単身去てその跡を隠すこともあらんには、世間の人も始めてその誠の在るところを知りてその清操に服し、旧政府放解の始末も真に氏の功名に帰すると同時に、一方には世教万分の・・・ 福沢諭吉 「瘠我慢の説」
・・・人生は無意味だとは感じながらも、俺のやってる事は偽だ、何か光明の来る時期がありそうだとも思う。要するに無茶さ。だから悪い事をしては苦悶する。……為は為ても極端にまでやる事も出来ずに迷ってる。 そこでかれこれする間に、ごく下等な女に出会っ・・・ 二葉亭四迷 「予が半生の懺悔」
出典:青空文庫