・・・彼の坊さんは草の枯れた広野を分けて衣の裾を高くはしょり霜月の十八日の夜の道を宵なので月もなく推量してたどって行くと脇道から人の足音がかるくたちどまったかと思うと大男が槍のさやをはらってとびかかるのをびっくりして逃げる時にふりかえって見ると最・・・ 著:井原西鶴 訳:宮本百合子 「元禄時代小説第一巻「本朝二十不孝」ぬきほ(言文一致訳)」
・・・その著るしきは先年の展覧会に出品された広野健司氏所蔵の花卉の図の如き、これを今日の若い新らしい水彩画家の作と一緒に陳列しても裕に清新を争う事が出来る作である。 椿岳の画はかくの如く淵原があって、椿年門とはいえ好む処のものを広く究めて尽く・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・ 然るに『罪と罰』を読んだ時、あたかも曠野に落雷に会うて眼眩めき耳聾いたる如き、今までにかつて覚えない甚深の感動を与えられた。こういう厳粛な敬虔な感動はただ芸術だけでは決して与えられるものでないから、作者の包蔵する信念が直ちに私の肺腑の・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・ まず溝を穿ちて水を注ぎ、ヒースと称する荒野の植物を駆逐し、これに代うるに馬鈴薯ならびに牧草をもってするのであります。このことはさほどの困難ではありませんでした。しかし難中の難事は荒地に樹を植ゆることでありました、このことについてダルガ・・・ 内村鑑三 「デンマルク国の話」
曠野と湿潤なき地とは楽しみ、沙漠は歓びて番紅のごとくに咲かん、盛に咲きて歓ばん、喜びかつ歌わん、レバノンの栄えはこれに与えられん、カルメルとシャロンの美しきとはこれに授けられん、彼らはエホバの栄を見ん、我・・・ 内村鑑三 「デンマルク国の話」
・・・雪の曠野を走って、ようやく、目的地に着きました。しかし、急に思いたってきたので、通知もしなかったから、この小さな寂しい停車場に降りても、そこに、上野先生の姿が見いだし得ようはずがなかったのです。 手に、ケースを下げて、不案内の狭苦しい町・・・ 小川未明 「青い星の国へ」
・・・いまおまえは、まだ小さくて教えても歌えまいが、いんまに大きくなったら俺の教えた『曠野の歌』と、『放浪の歌』とを歌うのだ。」と、風は、木の芽にむかっていいました。無窮から、無窮へゆくものは、だれだ。おまえは、その姿を見たか、・・・ 小川未明 「明るき世界へ」
・・・ 空の雲は、まりが疲れて、広野にころがっているのを見ました。雲は、あわれなまりを、気の毒に思ったのであります。もし、二度と空へくるような気があるなら、つれてきてやろうと思って、雲は、だれも、人のいないときを見はからって、空から降りてきま・・・ 小川未明 「あるまりの一生」
・・・そして、そのうちに手足は凍えて、腹は空いて、自分は、このだれも人の通らない荒野の中で倒れて死んでしまわなければならぬだろうと考えました。 ちょうど、そのときであります。真っ黒な雲を破って、青くさえた月がちょっと顔を出しました。そして、月・・・ 小川未明 「宝石商」
・・・ 難波へ出るには、岸ノ里で高野線を本線に乗りかえるのだが、乗りかえが面倒なので、汐見橋の終点まで乗り、市電で戎橋まで行った。 戎橋の停留所から難波までの通りは、両側に闇商人が並び、屋号に馴染みのないバラックの飲食店が建ち、いつの間に・・・ 織田作之助 「神経」
出典:青空文庫