・・・其葦の枯葉が池の中心に向つて次第に疎になつて、只枯蓮の襤褸のやうな葉、海綿のやうな房が碁布せられ、葉や房の茎は、種々の高さに折れて、それが鋭角に聳えて、景物に荒涼な趣を添へてゐる。此の bitume 色の茎の間を縫つて、黒ずんだ上に鈍い反射・・・ 永井荷風 「上野」
・・・そして聊たりとも荒涼寂寞の思を味い得たならば望外の幸であろうとなした。 予め期するところは既に斯くの如くであった。これに対して失意の憾みの生ずべき筈はない。コールタを流したような真黒な溝の水に沿い、外囲いの間の小径に進入ると、さすがに若・・・ 永井荷風 「百花園」
・・・ 私は妙な性質で、寄席興行その他娯楽を目的とする場所へ行って坐っていると、その間に一種荒涼な感じが起るんです。左右前後の綺羅が頭の中へ反映して、心理学にいわゆる反照聯想を起すためかとも思いますが、全くそうでもないらしいです。あんな場所で・・・ 夏目漱石 「虚子君へ」
・・・彼らは銃剣で敵を突き刺し、その辮髪をつかんで樹に巻きつけ、高粱畠の薄暮の空に、捕虜になった支那人の幻想を野曝しにした。殺される支那人たちは、笛のような悲声をあげて、いつも北風の中で泣き叫んでいた。チャンチャン坊主は、無限の哀傷の表象だった。・・・ 萩原朔太郎 「日清戦争異聞(原田重吉の夢)」
・・・かつて私の或る知人が、シベリヤ鉄道の旅行について話したことは、あの満目荒寥たる無人の曠野を、汽車で幾日も幾日も走った後、漸く停車した沿線の一小駅が、世にも賑わしく繁華な都会に見えるということだった。私の場合の印象もまた、おそらくはそれに類し・・・ 萩原朔太郎 「猫町」
・・・粋とか、よい趣味とかいう人造香料をも加えていない。諸問題は、生のまま、いくらか火照った素肌の顔をそこに生真面目に並べている。 それが、却って、云うに云えない今日の新鮮さ、頼りふかい印象を与えているのは、どういうわけなのだろうか。 日・・・ 宮本百合子 「合図の旗」
・・・ 携帯口糧のように整理された文化の遺産は、時にとって運ぶに便利であろうけれども、骨格逞しく精神たかく、半野生的東洋に光を注ぐ未来の担いてを養うにはそれだけで十分とは云い切れまいと思える。 三代目ということは、日本の川柳で極めてリアル・・・ 宮本百合子 「明日の実力の為に」
・・・第三党として出馬したウォーレスの進歩党が、率直明白なその綱領によって、民主アメリカの幸福と世界の人民の民主化のためにタフト・ハートレー法や非アメリカ委員会の活動は廃止さるべきものであり、鉄のカーテンはとけうるものであり、またとかせるべきもの・・・ 宮本百合子 「新しい潮」
・・・出版協会は『テラス』『ロマンス』などからはじまってとくに猥雑なエログロ出版の氾濫を整理しようとして苦心したことがあります。出版綱領実践委員会が集って日本の出版の浄化のために幾たびか協議しました。その過程で非常に注目すべきことがあった。エログ・・・ 宮本百合子 「新しい抵抗について」
・・・軍閥・資本家の結托というと、政治綱領めいて響くが、現実はまざまざとその真実であることを示しているのである。 日本の民主化ということは、実に実に重大な意味をもっている。日本の民主化は、全くじかに、私たちの人間性の主張と自覚と、人間とし・・・ 宮本百合子 「木の芽だち」
出典:青空文庫