・・・なぜなら、幸福とか名誉とかを思う者は人類のために働き、誠実に生きるということを忘れて、功利的に考え易いからです。徒らに、特権階級に媚びる文学は、小説といわず、少年少女の教育に役立つ読物といわず、またこの弊に陥っています。そのことが、いかに、・・・ 小川未明 「童話を書く時の心」
・・・世間に妥協するも究極は功利に終始するも、蓋し表現の上では、どんなことも書けると言うのである。 ある者は、世間を詐わり、また自己をも詐わるのだ。真剣であるならば、その態度に対して、第三者は、いさゝかの疑念をも挾むことができないだろう。即ち・・・ 小川未明 「正に芸術の試煉期」
・・・ 凡そ、お母さんや、お姉さんが、真理に対して功利的に考えず、真に自身が感心して、つい声を出して、新聞なり、書物なりをお読みになっているとする。たま/\そこに子供さん達が居合して、「なにを、お母さんや、お姉さんは、あんなに感心なさるの・・・ 小川未明 「読んできかせる場合」
・・・貰ったものだと感謝していたところ、こともあろうに、安二郎はそれを高利で貸したつもりでいたのだ。 豹一は毎朝新聞がはいると、飛びついて就職案内欄を見た。履歴書を十通ばかり書いたが、面会の通知の来たのは一つだけで、それは江戸堀にある三流新聞・・・ 織田作之助 「雨」
・・・どころか、店での小売りにも間に合いかねた。 そこで、考えた丹造は資金調達の手段として、支店長募集の広告を全国の新聞に出した。「妻子養うに十分の収益あり」という甘い文句の見出しで、店舗の家賃、電灯・水道代は本舗より支弁し、薬は委託でい・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・旅館の客引きの手をしょんぼり振り切って、行李を一時預けにすると、寄りそうて歩く道は、しぜん明るい道を避けた。良いところだとはきいてはいたが夜逃げ同然にはるばる東京から流れて来れば、やはり裏通の暗さは身にしみるのだった。湯気のにおいもなにか見・・・ 織田作之助 「雪の夜」
・・・ ………… 空行李、空葛籠、米櫃、釜、其他目ぼしい台所道具の一切を道具屋に売払って、三百に押かけられないうちにと思って、家を締切って八時近くに彼等は家を出た。彼は書きかけの原稿やペンやインキなど入れた木通の籠を持ち、尋常二年生の・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・「それではとにかく行李を詰めましょうか」と、弟はおとなしく起って、次ぎの室の押入れからFの行李を出してきた。 学校へはきゅうに郷里に不幸ができて帰ることになったからとFに言わせて、学校道具を持ってこさせた。昼のご飯を運んできた茶店の・・・ 葛西善蔵 「父の出郷」
・・・とその前の晩父が昨年の十一月郷里から持ってきた行李から羽織や袴を出してみて、私は笑いながら言ったりした。「そんなものではないですよ。これでけっこう間に合いますとも。その場に臨んでみると、ここで思ってるようなものじゃないですよ」と、義兄は・・・ 葛西善蔵 「父の葬式」
・・・信子の大きな行李を縛ってやっていた兄がそう言った。「何を立って見とるのや」兄が怒ったようにからかうと、信子は笑いながら捜しに行った。「ないわ」信子がそんなに言って帰って来た。「カフスの古いので作ったら……」と彼が言うと、兄は・・・ 梶井基次郎 「城のある町にて」
出典:青空文庫