・・・としてのうじの功労は古くから知られていた。 戦場で負傷した傷に手当をする余裕がなくて打っちゃらかしておくと化膿してそれにうじが繁殖する。そのうじがきれいに膿をなめ尽くして傷が癒える。そういう場合のあることは昔からも知られていたであろうが・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・そうしてあっぱれ自然の暴威を封じ込めたつもりになっていると、どうかした拍子に檻を破った猛獣の大群のように、自然があばれ出して高楼を倒壊せしめ堤防を崩壊させて人命を危うくし財産を滅ぼす。その災禍を起こさせたもとの起こりは天然に反抗する人間の細・・・ 寺田寅彦 「天災と国防」
・・・右には未だ青き稲田を距てて白砂青松の中に白堊の高楼蜑の塩屋に交じり、その上に一抹の海青く汽船の往復する見ゆ。左に従い来る山々山骨黄色く現われてまばらなる小松ちびけたり。中に兜の鉢を伏せたらんがごとき山見え隠れするを向いの商人体の男に問う。何・・・ 寺田寅彦 「東上記」
・・・麓の低い平地へかけて、無数の建築の家屋が並び、塔や高楼が日に輝やいていた。こんな辺鄙な山の中に、こんな立派な都会が存在しようとは、容易に信じられないほどであった。 私は幻燈を見るような思いをしながら、次第に町の方へ近付いて行った。そして・・・ 萩原朔太郎 「猫町」
・・・育てたる其心労は果して大ならざるか、小児に寒暑の衣服を着せ無害の食物を与え、言葉を教え行儀を仕込み、怪我もさせぬように心を用いて、漸く成人させたる其成跡は果して大ならざるか、之を要するに夫婦家に居て其功労に大小軽重の別なきは、事実の示す所に・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・これを喩えば、大廈高楼の盛宴に山海の珍味を列ね、酒池肉林の豪、糸竹管絃の興、善尽し美尽して客を饗応するその中に、主人は独り袒裼裸体なるが如し。客たる者は礼の厚きを以てこの家に重きを置くべきや。饗礼は鄭重にして謝すべきに似たれども、何分にも主・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・ 今度は川の岸の高楼に上った。遥に川面を見渡すと前岸は模糊として煙のようだ。あるともないとも分らぬ。燈火が一点見える。あれが前岸の家かも知れぬ。汐は今満ちきりて溢るるばかりだ。趣が支那の詩のようになって俳句にならぬ。忽ち一艘の小舟が前岸・・・ 正岡子規 「句合の月」
・・・ ソヴェト政府は、過去に功労あった芸術家たちに、「人民芸術家」「功績ある芸術家」っていう二種類の称号を与えて優遇しているのを。モスクワの劇団にだけでも「人民芸術家」が十一人ばかりいる。「功績ある芸術家」は四十人以上ある。 例えばモスク・・・ 宮本百合子 「ソヴェトの芝居」
・・・ 自我の享楽のためにローマの古いいくたの歴史の生れた市を火にしてその□(に薪木からのぼる焔に巨大な頭をかがやかせ高楼の上に黄金の□□□□(の絃をかきならして大悲劇詩人の形をまねて焔の鬨の声とあわれな市民の叫喚の声とをききながら歌うネロの・・・ 宮本百合子 「芽生」
出典:青空文庫