・・・ 静けさとうれしさ 夢よりも淡い静けさ、――小雨は音もなく降って居る。黒土は娘の肌の様に。枝もたわわに熟れた梨の実はあの甘い汁の皮の外にしみ出したように輝いて居る。萩はしおらしくうなだれてビワのうす緑の若芽のビロード・・・ 宮本百合子 「つぼみ」
・・・ 翌日はまた春に有りがちなしとしと雨が銀線を匂やかな黒土の上におちて居た。落ちた桜の花弁はその雨にポタポタとよごされて居る。 光君は椽に坐って肩まで髪をたれた童達が着物のよごれるのを忘れてこまかい雨の中を散った花びらをひろっては並べ・・・ 宮本百合子 「錦木」
・・・本殿から社務所のようなところへ架けた渡殿の下だけ雪がなく、黒土があらわれ、立木の間から、彼方に広い眺望のあることが感じられた。 藍子は人っ子一人いない雪の中に佇んで暫くあちこち見ていたが、渡殿とは反対の方角に歩き出した。やがて、見晴し亭・・・ 宮本百合子 「帆」
・・・実際少し遠のくと重々しく艶な淡紅の花の姿全体が、サクサクした黒土との配合、品よく張った葉の繁り工合とともに、却って近くで見るに増した趣がある。掌に、皮が干上って餡から饐た臭のする桜餅をとって貰いながら石川は、「――来年は一つ株分けをやり・・・ 宮本百合子 「牡丹」
・・・東海岸の国土、たとえばモザンビクの海岸においても状態は同じであった。 十五世紀から十七世紀へかけての航海者の報告を総合すれば、サハラの沙漠から南へ広がっているニグロ・アフリカに、そのころなお、調和的に立派に形成された文化が満開の美しさを・・・ 和辻哲郎 「アフリカの文化」
・・・蓮の花そのものの形や感触に何かインド的なもの、日本の国土をはるかに超えたものが感ぜられたからであろう。日本人にとっては、そのことが特に現実を超えた理想を象徴するのに役立ったであろう。しかし同時にそれは顕著にインド的なものであって、インドを超・・・ 和辻哲郎 「巨椋池の蓮」
出典:青空文庫