・・・土堤下の菜種畑だって、はやくウネをたかくしとかなきゃ霜でやられる――善ニョムさんは、小作の田圃や畑の一つ一つを自分の眼の前にならべた。たった二日か三日しか畑も田圃も見ないのだが、何だか三年も吾子に逢わないような気がした。「もう嫁達は、川・・・ 徳永直 「麦の芽」
・・・然るに、幸にも『深川の唄』といい『すみだ川』というが如き小作を公にするに及んで、忽江戸趣味の鼓吹者と目せられ、以後二十余年の今日に至ってなお虚名を贏ち得ている。文壇の僥倖児といわれるのは、けだし正宗君の言を俟つに及ぶまい。 大正改元の翌・・・ 永井荷風 「正宗谷崎両氏の批評に答う」
・・・前は、秋になると、大倉庫五棟に入り切れないほどの、小作米になる青田に向っていた。 邸後の森からは、小川が一度邸内の泉水を潜って、前の田へと灑がれていた。 消防組の赤い半纒を着た人たちや、青年会の連中が邸内のあちこちに眠そうな手で蚊を・・・ 葉山嘉樹 「乳色の靄」
・・・平民が、学塾を開いて生徒を教え、地面を所有して地代小作米を取立つるは、これを何と称すべきや。政府にては学校といい、平民にては塾といい、政府にては大蔵省といい、平民にては帳場といい、その名目は古来の習慣によりて少しく不同あれども、その事の実は・・・ 福沢諭吉 「学者安心論」
・・・彼等は多く都会に家をもっているのだろう。小作としてどうしてもそこで働かせておかなければこまる農民の住居は最小限において。家の小さいことは地積の関係ばかりでなく、代々この地方の農民が、決して、祖先からの骨をこの土地に埋めて来た稲田から、地主の・・・ 宮本百合子 「青田は果なし」
・・・以前グロデーエフは何人か小作人をもっていた。現在十九歳の小作人ニコライ・クリコフを使っている。 手帖にうつしているとY、赤鉛筆をこねて切抜の整理しながら、 ――何ゴソゴソしているのさ。 ――知ってる? あなた。牛乳生産組合が・・・ 宮本百合子 「新しきシベリアを横切る」
・・・ 桃太郎は貧乏な小作人の子で、鬼は悪地主だ。三人の仲間を中心として悪地主をやっつけて、村の農民みんなのために働いたという風に、かえられる。 これはアレゴリーだろうか? そうではない。従来の意味でアレゴリーの形式はこわれている。 ・・・ 宮本百合子 「新たなプロレタリア文学」
・・・ 明治維新は本当のブルジョア革命でなく、昔の殿様である封建領主、下級武士たちの権力に未熟な産業資本が結合したもので、土地小作の関係は実に古い封建制度のままもちこされた。そのために日本の農村の貧困は甚しく農家から貧乏のために一年幾ら、二年・・・ 宮本百合子 「衣服と婦人の生活」
・・・貧しい女小作人がいる。その女の小さい息子がいる。党員の村ソヴェト役員がいる。これ等数人が各々ぬきさしならぬ同等の役割で村の反革命分子と闘い、集団化を完成に導いてゆく。 カターエフの作品とくらべて特に面白いのは、一方がいかにもインテリゲン・・・ 宮本百合子 「インターナショナルとともに」
・・・しかし仲平の父は、三十八のとき江戸へ修行に出て、中一年おいて、四十のとき帰国してから、だんだん飫肥藩で任用せられるようになったので、今では田畑の大部分を小作人に作らせることにしている。 仲平は二男である。兄文治が九つ、自分が六つのとき、・・・ 森鴎外 「安井夫人」
出典:青空文庫