・・・幸い踏切りの柵の側に、荷をつけた自転車を止めているのは知り合いの肉屋の小僧だった。保吉は巻煙草を持った手に、後ろから小僧の肩を叩いた。「おい、どうしたんだい?」「轢かれたんです。今の上りに轢かれたんです。」 小僧は早口にこう云っ・・・ 芥川竜之介 「寒さ」
・・・まだ野分の朝などには鼠小僧の墓のあたりにも銀杏落葉の山の出来る二昔前の回向院である。妙に鄙びた当時の景色――江戸と云うよりも江戸のはずれの本所と云う当時の景色はとうの昔に消え去ってしまった。しかしただ鳩だけは同じことである。いや、鳩も違って・・・ 芥川竜之介 「少年」
・・・見る見る歯医者の家の前を通り過ぎて、始終僕たちをからかう小僧のいる酒屋の天水桶に飛び乗って、そこでまたきりきり舞いをして桶のむこうに落ちたと思うと、今度は斜むこうの三軒長屋の格子窓の中ほどの所を、風に吹きつけられたようにかすめて通って、それ・・・ 有島武郎 「僕の帽子のお話」
・・・…… 桃も桜も、真紅な椿も、濃い霞に包まれた、朧も暗いほどの土塀の一処に、石垣を攀上るかと附着いて、……つつじ、藤にはまだ早い、――荒庭の中を覗いている――絣の筒袖を着た、頭の円い小柄な小僧の十余りなのがぽつんと見える。 そいつ・・・ 泉鏡花 「絵本の春」
・・・ 鬼神力が具体的に吾人の前に現顕する時は、三つ目小僧ともなり、大入道ともなり、一本脚傘の化物ともなる。世にいわゆる妖怪変化の類は、すべてこれ鬼神力の具体的現前に外ならぬ。 鬼神力が三つ目小僧となり、大入道となるように、また観音力の微・・・ 泉鏡花 「おばけずきのいわれ少々と処女作」
・・・やがて寝に就いてからも、「何だ馬鹿馬鹿しい、十五かそこらの小僧の癖に、女のことなどばかりくよくよ考えて……そうだそうだ、明朝は早速学校へ行こう。民子は可哀相だけれど……もう考えまい、考えたって仕方がない、学校学校……」 独口ききつつ・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・ 少年は、黙ってそばに小さくなって、みんなの話をきいていましたが、脊の高いのが、「やい、小僧、おまえは、いくら今日もらってきたか。」と、大きな声でふいに尋ねました。 少年は、正直に、その日もらってきた金の高を話しますと、みんなは・・・ 小川未明 「石をのせた車」
・・・りに、この有り様を見た人の中には、拾ってやって、相手が盲目だから、かえって疑われるようなことがあってはつまらないと思ったり、また、中には、自分で後からきて銭を拾ってやろうと、よくない考えを抱いたような小僧などもありました。 ちょうどこの・・・ 小川未明 「海からきた使い」
・・・そこで屋台店の亭主から、この町で最も忙しい商店の名を聞いて、それへ行って小僧でも下男でもいいから使ってくれと頼んだ。先方はむろん断った。いろいろ窮状を談して執念く頼んでみたが、旅の者ではあり、なおさら身元の引受人がなくてはときっぱり断られて・・・ 小栗風葉 「世間師」
・・・「おのれは、一つ目小僧に逢うて、腰を抜かし、手に草鞋をはいて歩くがええわい」「おのれこそ、婚礼の晩にテンカンを起して、顔に草鞋をのせて、泡を吹きよるわい」「おのれの姉は、元日に気が触れて、井戸の中で行水しよるわい」「おのれの・・・ 織田作之助 「猿飛佐助」
出典:青空文庫