・・・それと一しょに、長々と火の目小僧とは、こっそりと外へまわってお部屋の窓の下へかくれました。 王女は王子に向っていろんなお話をしました。王子はそのお相手をしながら、一生けんめいに王女のそぶりに気をつけていました。するとやがて王女は、ふと話・・・ 鈴木三重吉 「ぶくぶく長々火の目小僧」
・・・ 夏の中に、秋がこっそり隠れて、もはや来ているのであるが、人は、炎熱にだまされて、それを見破ることが出来ぬ。耳を澄まして注意をしていると、夏になると同時に、虫が鳴いているのだし、庭に気をくばって見ていると、桔梗の花も、夏になるとすぐ咲い・・・ 太宰治 「ア、秋」
・・・おふくろにも内緒で、こっそり夜学へかよっているんだ。偉くならなければ、いけないからな。姉さん、何がおかしいんだ。何を、そんなに笑うんだ。こう、姉さん。おらあな、いまに出征するんだ。そのときは、おどろくなよ。のんだくれの弟だって、人なみの働き・・・ 太宰治 「I can speak」
・・・暇乞もせずに、こっそりいなくなった。焼餅喧嘩に懲りたのである。ポルジイは独り残って、二つの学科を修行した。溜息の音楽を奏して、日を数える算術をしたのである。 こう云うわけで、二つの出来事が落ち合った。小さい銀行員が漫遊から帰って来て珍ら・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・独りで讃美歌のようなものを作って、独りでこっそり歌っていたが、恥ずかしがって両親にもそれは隠して聞かせなかったそうである。腕白な遊戯などから遠ざかった独りぼっちの子供の内省的な傾向がここにも認められる。 後年まで彼につきまとったユダヤ人・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・ 洋画を通じてルソーやマチスや、ドランやマルケーなどのようなフランス絵の影響がこっそり日本画の方へ入り込んでいるのを発見する。日本の芸術がフランスを一と廻わりして後にもう一遍日本へ帰って来たのである。 洋画でも日本画でも人物の顔をな・・・ 寺田寅彦 「異質触媒作用」
・・・ そんな風だから、学校へいってもひとりでこっそりと運動場の隅っこで遊んでいたし、友達もすくなかった。学問は好きだったから出来る方の組で、副級長などもやったことがあるが、何しろ欠席が多かったから、十分には勤まらない。先生はどの先生も私を可・・・ 徳永直 「こんにゃく売り」
・・・――明日息子達が川端田圃の方へ出かけるから、俺ァひとつ榛の木畑の方へ、こっそり行ってやろう――。 二 畑も田圃も、麦はいまが二番肥料で、忙しい筈だった。――榛の木畑の方も大分伸びたろう。土堤下の菜種畑だって、はやくウ・・・ 徳永直 「麦の芽」
・・・「西から三番目の畝だ、おめえが大きいのを抱えた時ちゃらんと音がしたっけが其時は気がつかなかったがあれに相違ねえぞ、こっそり行って探して見ろ」 太十が復た眠に就いたと思う頃其一人は三番目の畝を志して蜀黍の垣根をそっと破ってはいった。他・・・ 長塚節 「太十と其犬」
・・・先生は影のごとく静かに日本へ来て、また影のごとくこっそり日本を去る気らしい。 静かな先生は東京で三度居を移した。先生の知っている所はおそらくこの三軒の家と、そこから学校へ通う道路くらいなものだろう。かつて先生に散歩をするかと聞いたら、先・・・ 夏目漱石 「ケーベル先生の告別」
出典:青空文庫